粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【落語】はてなの茶碗

今回は、このブログサービスの名にかけまして、「はてなの茶碗」というお噺をご紹介。この演目、上方落語の代表的な作品で、とても小気味いい快作であります。舞台となるのは京都で、江戸前とは異なるおおらかさ、たおやかな趣きがあるが、そこはそれ、落語であるからやっぱり、きっちり楽しませてくれます。落語いちげんさんならば、「はてな」から巻き起こる珍騒動をとくとご賞味いただければと思います。

 

◾️あらすじ

京都・清水寺境内。

音羽の滝の前の茶店で休んでいる品のよい宗匠ふうの御仁。

出された清水焼の湯飲み茶碗をひょいと持ち上げて、陽にかざして見ていたが、しばらくすると、こんどは首をひとつ、ひょいとかしげて茶店を後にした。

これを近くで目撃していた男が二人。

この茶店の主人と、もう一人はこの茶店で"油を売っていた"、大阪を食い詰めて京都で行商しているという境遇の、文字どおり本職の油屋だ。

噺は、この油屋が茶店の主人と大騒ぎするところから始まる。

 

まずは最初の人物。

茶金こと、京都衣ノ棚の茶道具商・茶屋金兵衛といい、京都随一の目利きとして名高かった。

この茶金、茶道具を前にしてじっと目をかけ、首をひとつかしげただけでその価値が百両にも高騰するという噂があるくらい界隈ではよく知られた名士である。

その茶金がどこにでもありそうな茶店の湯呑みをためつすがめつ見て、ひと言。

「はてな」

と、つぶやいたのだ。

 

この一部始終を近くで見ていた二人は、茶金の背を見送ると色めき立った。

〈あの茶金はんが三度も首をかしげよった。三百両の値打ちもんやで!〉

すぐさま油屋はがなり立てる。

「おやっさん、たのむわ。こいつをゆずったってや。ここに二両の金がある」

「あかん。よう売らんわ。ひよっとしたら値打ちもんかもわからんさかいに」

「この二両、わいの身代(しんだい)かぎりやで。たのむ。ええやないかい」

「なんぼいうてもあかん。これだけはもう……」

「こないたのんでもあかんのか。あ、そ、そならええがな。あきらめるわ。けど、わいもあきらめるかわりに、おやっさん、おまんさんにも儲けささんわ。この茶碗、ここでたたきつけて、割らせてもらうで!」

「なにを! そんな、むたいな! 無茶しいなっ!」

渋る主人を強引に説得? なかば脅迫?しながら、有り金をはたき、ひったくるように茶碗を買い取る油屋。

「ありがとう。恩にきるで。これで儲けさせてもろたら、かならずあいさつにくるさかいな。ほな、この茶碗、たしかに受けとったで!」

よろこび勇んで駆ける油屋。

まずは周到に、この茶碗をそれらしき布にくるめて箱に納め、次いで意気揚々と茶金方の暖簾をくぐったのであった。

 

「茶金はんに見ていただきたい品があって、まいりましたんやが……」

さっそく茶金方で鑑定を依頼するも、先に応対に出た番頭はまるで相手にしない。

それもそのはず。

この茶碗、いうまでもなく、ただの清水焼の湯飲み茶碗、どこにでもある数打ちの茶碗にすぎないからだ。

茶金が首をかしげたのは、茶を喫していた際、この茶碗のどこからか不思議と湯が漏れるので、「はてな?」といったまでのこと。

「ですから、あんさん、これはただの清水焼の数茶碗。ひとつ二、三文やとゆうとるやおまへんか」

と、番頭は鼻で笑って受けあわない。

「せやから、はじめからゆうとるやないか。これは、おまんはんではわからんのや。茶金はんならわかる一品なんや」

「あるじにみせてもおなじこっとす」

店先で油屋と番頭が揉めていると、ゴタゴタを見かねた茶金が顔を出した。

「これこれ、そうぞうしい。どないしたんや、番頭はん」

「茶金はん、見とくんなはれ、見覚え、ありますやろ!」

番頭をさしおさえ、喰いいるようなまなざしで茶碗を茶金にさし出す油屋。

「あきまへんで、番頭はん。人さまのお品を拝見して、笑うということがあるかいな」

ならば拝見いたしますということで、油屋が持ち込んだ茶碗をあらためて目利きをすることに。

はて。

首をひねる茶金。

どこからどう見ても、そこいらにゴロゴロ転がっているような代物である。

見覚えはなかったが、油屋からいきさつを聞かされて、ようやく茶金も思い出した。

ああ、あれか。

じつはね、油屋はん。

「この茶碗な、漏りますのや。穴も傷もヒビもないのに……」

そこで、「はてな?」と首をかしげたまでのこと。

がっくりと肩を落とす油屋。

「せやかて、茶金はん、あんた、この茶碗をひっくり返したり、すかしたりして、じっくりと見とったやんか。なんで、あんなややこしいことしてまんねん。あんたが首かしげたら、ひょっとしたらと思ってまうやないか。こっちは茶店のおやじと喧嘩して、三年働いてやっとためた二両の金も放り出して、これを買うてきたんや。それが、ただのキズもんやなんて……」

慙愧にたえない油屋に、茶金は「私という人間を買ってくれたのがうれしい」として、語りかけた。

「油屋はん、そこまでしていただいて、それはいわば、わたくし茶金の名前を買うていただいたようなもの。あきんど冥利につきますわ。ですからこの茶碗、元値の二両にもう一両つけて、三両で買わせてもらいましょう。ですがなぁ、油屋はん。ひとやま当てようなんて気い起こしたらあきまへんで。そんなぼろいことは、この世にはない。地道におかせぎやす。それがなによりや」

こうして油屋は、もっともだと納得して、すごすごと帰っていった。

 

ところが後日。

さる茶会の席で関白鷹司卿が「なにかおもしろい話はないか」とのぞまれ、茶金がこの話をすると、たいへんに興味を持たれたご様子。

その茶碗を見たいとのやんごとなき仰せがあり、持参したところ、関白は短冊に「清水の音羽の滝の落としてや茶碗もひびにもりの下露」としたためられた。

さらには、これが帝のお耳にも入りることとなり、帝は箱書にと「はてな」と御染筆される。

ということで、この茶碗。

どこにでもある茶店のどこにでもある茶碗なのに、関白直筆の和歌を記した短冊が付き、帝が「はてなの茶碗」と御命名されるにおよんで、あれよあれよというまに、とんでもない国宝に昇格してしまったのである。

しまいには、鴻池善右衛門がとうとうこれを千両で買いあげるに至る。

 

そんななりゆきをつゆとも知らずに、敷居が高くなった茶金の店先を避けるように歩いていた例の油屋。

それをなんとか探し出して、茶金は店へ呼ぶ。

「油屋はん! 油屋はん! ええから、ちょっと来なはれ。ささ、こっちへおあがり。おもしろい話があるんや。いつぞやの茶わんな……」

「その話、もう、やめとくなはれ。めんぼくのうて……」

「まあ、聞きなはれ。ええかい、まず落ち着きや。あの茶わんな、じつは千両で売れた」

「千両っ!」

「そや、千両や」

「そ、そ、そら、ひどいわ! 茶金はん、あんた、三両で値切っといてやな、それを千両とは……」

目をまんまるにはらす油屋に、「まあ、聞きなさい」と経緯をはなす茶金。

「でな、油屋はん。わしはこの千両、ふところに入れるつもりはない。半金の五百両、まずはこれをあんたにわたす。もちろん、あんたに千両、みなあげてもええんやが、どやろう、ここはひとつ、わたしの名を買うてくれた手前や、残りの半金、五百両、どうか、この京で困ってはる気の毒な方々に施してさしあげるというのは」

「……茶金はん、あの茶わんにそれだけの箔がついたというのも、あんたの人徳でっせ。施されるのはけっこうなことや。それにしても、その半分をわしがもろおても……、あかん、わしにそんな筋合いおまへんがな」

「まあ、そういわんと、とっておきなはれ。もとはといえば、あんたがあの茶わんをウチに持ち込んできたさかい、起こったことなんやで」

「せやけど…、なにぶん……、わしもこまっておることもあるさかい……、すんません、もろうておきますわ。ほんまに、えらいすんまへんな。ほなら、番頭はん、この前はつっかかってすまなんだ。この二両、とっといておくんなはれ。詫び代や。それから、この五両はお店のみなさんでわけてもろて……」

「ええから、ええから、そないなことせんで。油屋はん、これはいわばあんたの身代やで、大事にしなはれ」

おもいがけなく五百両を手に入れて舞い上がる油屋を横目に、これで一件落着と茶金は一息つくのだった。

 

と思っていた翌、あくる日。

かの油屋が、揃いの浴衣衆大勢とともに、お祭り騒ぎで店に大きな品物を持ち込んできた。

「な、なにをしとるんや! 油屋はん」

「茶金はん、十万八千両の金もうけやで!」

「十万八千両の金もうけ? どういうことや?」

「水甕(みずがめ)の漏るのを見つけてきた」でサゲ。

 

◾️落語のことば補説

▼ 目利き(めきき)

骨董、書画、刀剣などの諸美術品全般の真贋や良否を鑑定し、その価値を判断すること。あるいは、その鑑定家のこと。

目利きのことをまた、「極め」ともいう。そして、鑑定の権威が発行する証明書のことを「極め札」「極め書き」、これに押す印を「極め印」、証明済みの状態であることを「極め付き」という。

ということで、いかに本物らしく見える品でも、この「極め書き」が付いていなければ、偽物、せいぜいが「写し物(模造品)」とあつかわれ、買いたたかれてしまう。目利きの世界とは、そういう世界である。

ちなみに、刀剣鑑定の似たことばで「折り紙」ということばもある。鑑定書が二つ折りであることが由来で、これが付いている刀剣、つまり「折り紙付き」でなければ、いくら刀身に銘が打ってあっても売買の際に本物として扱われないそうだ。

むろん、この「折り紙」は子どもの遊びの用紙とは別物で、区別するために、こちらのほうは古く「おりかみ」と澄んで読んでいたそうだ。

▼ 身代(しんだい/みのしろ)

中世から近世にかけてよく用いられた用語で、時代によって内容が異なるので注意が必要である。

個人が所有する財産を意味する用法と、借銭(借金)や借米(年貢)などの債務が払えずに質(人質)として捕えられた人を指す用法があった。この噺での用法は前者。後者は現代では誘拐事件で犯人が要求する身代金のことを思い浮かべるが、それとはニュアンスがまったく異なるということだ。

中世においては飢饉や戦乱などの社会的な混乱やそれに伴う生活苦による債務・未進の増大、労働力不足による人身売買などによって身代とされた人の売却・下人化が進行した。そのため、人身売買によって生じた売買代金のことも「身代」と称するようになる。

そして、江戸時代に入ると、前者の用法に由来する本人の労働力を含めた個人財産を指す「身代」を“しんだい”と読み、後者の用法に由来する下人などの債務奴隷や人質を意味するほうを“みのしろ”と読み分けるようになった。ということで、この噺では「しんだい」と読む。

▼ 鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)

江戸時代の大阪の豪商・鴻池家は、山中鹿之介の二男・新六が始祖。江戸以来の豪商鴻池家の地位を確立させたのが十代目善右衛門(一八四一〜一九二〇)で、動乱機の幕府の度重なる御用金の調達命令によく応えた。版籍奉還、廃藩置県による資金の回収不能を持ちこたえ、一八九七年(明治三十年)、鴻池銀行(三和銀行)を設置した。

 

◾️鑑賞どころ私見

骨董品と鑑定、目利きにまつわる落語の噺はわりとあって、たとえば『井戸の茶碗』『洩瓶(花瓶)』『火焔太鼓』『道具屋』『鼻利き源兵衛』などあるが、これらの作品はどちらかというと隠れた逸品が世に出て法外な値がつくという筋書きで、その周囲の人たちがその価値に気づいたり気づかなかったりして一喜一憂するというストーリーである。

こちらのほうはよく見かけるところだが、もともとガラクタだったモノが高貴な方々のお墨付きをへて宝物に化けてしまうというのは、この噺ならではかもしれない。

前者のほうは以前にテレビ番組で『なんでも鑑定団』というのがあったが、あのとおりで、後者は、たとえば子供の頃に数百円で買ったおもちゃ、若い頃に数千円で買ったTシャツなどが、現在では何百倍、何千倍もの値段がついて取引されているといったところだろうか。

こちらのほうが、どこか夢があって好ましい。

 

それにしても、この「はてな」という、ちょっと首かしげたところから噺が始まっていく展開が、なんとも落語らしさを感じさせるものである。「はてな」ということばの響きからしても、とぼけた感じでほほえましく、落語の味わいが香る。

それにつけて、しかもこの噺の舞台は京都である。

清水の音羽の滝、茶金の店先、関白鷹司公の邸宅、そして落語にしては珍しく御所(皇居)にまでおよぶという、京都でも一流な場所ばかりであり、登場人物も関白、帝、鴻池全右衛門と、これまた風格のある第一級の人物たちが登場する。

ということで、噺全体に風雅と品位をただよわせなければ成立しない噺であるがゆえに、上方落語ではまさに大ネタ、一級の作品といえるだろう。作中ではそれが京都の文化人・茶屋金兵衛の人柄からおのずとにじみ出るかたちで演じられる。

ちなみに、余談・芸談となるが、この噺をオハコにしていて、人間国宝にもなった三代目桂米朝の高座がすばらしかったそうだ。戦後、消滅しかけていた上方落語の継承と復興に大きく貢献をした噺家である。

個人的な妄想になるが、この噺を聴くと、映像でしか拝見したことはないが、茶金さんの似姿にこの米朝師匠をイメージしてしまう。容姿端麗、語り口も端正で上品な落語家だった。

 

この噺、東京では「茶金」という演題で高座にかけられる。

明治末期の名人・四代目橘家円喬がこの噺を大阪から東京へ持ってきたそうで、油屋の設定をかえて江戸を食い詰めて京都に流れてきた男とし、江戸弁と京都弁とを使いわける型になって現在にいたっている。

円喬に私淑した五代目古今亭志ん生がよく演じ、いい味出していたそうだが(筆者は未聴)、個人的に、現在、視聴できるものでは三代目古今亭志ん朝のがベストだ。まくらで取り上げている目利きに関するウンチクは、この噺の導入として優れている。一聴されたい。

それとサゲの「十万八千両」についてだが、諸説あるようで、この時代に「大塩平八郎の乱」があり、大塩平八郎が鴻池善右門の屋敷から「十万八千両」を奪ったという史実にかけているようだ。

大塩平八郎の乱は江戸の末期、天保の飢饉のとき起きており、他方で、幕府が豪商に対して困民救済に御用金を供出するよう命じ、鴻池家が銀千八十貫目を献上したという記録も残っているそうで、関白鷹司公と鴻池善右衛門と「108」という数字にかけて「十万八千両」という額になったようである。

もっとも、この額面を違う数字でサゲる噺家も多く、茶碗を何倍大きくすれば水がめのサイズになるのかわからないが、要は千両よりも数倍大きければそれでよく、油屋の景気のよい啖呵を聞かせられれば、それが落としどころなわけである。

 

◾️YouTube 視聴

▼ 音声のみ

・桂米朝[三代目]:https://www.youtube.com/watch?v=s-lp7Mb2jF4

・古今亭志ん朝[三代目]:https://www.youtube.com/watch?v=_igcSoMPgaI

 

◾️参照文献

・矢野誠一『落語手帖』(講談社+α文庫、1994年)

・京須偕充『落語名作200席(上・下)』(角川文庫、2014年)

・榎本滋民 著、京須偕充 編『落語ことば・事柄辞典』(角川文庫、2017年)

・立川志の輔 選/監修、PHP研究所 編『滑稽・人情・艶笑・怪談… 古典落語100席』(PHP文庫、1997年)

・興津要 編『古典落語(選)』(講談社学術文庫、2015年)