粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【落語】化物使い

当ブログで掲載している落語紹介記事はたんに筆者が呑み屋で酒の肴的に話題にするのを落語を知らない相席客のための補助として書きしたためているにすぎないものなのですが、ところで呑み屋での話題といえば、いつの時代でもたとえば職場への愚痴が多いもので、その愚痴を聞くたびに、今回ご紹介する『化物使い』のご隠居を思い出し、はなしのネタに挙げてしまいます。

それもそのはず、昨今ではもはや手垢にまみれたように遣われる「ブラック企業」なることばですが、昔からこういった話題には事欠かないようで、この『化物使い』にはそんな職場が登場します。しかも、その度を越した"ブラックぶり"は化物すらも怯ませる、今回はそんなお噺をご紹介。

 

◾️ あらすじ

口入屋(くちいれや)というのをご存知だろうか。

「江戸時代版ハローワーク・人材派遣センター」といったところで、武家や商家から求人を募り、奉公、下働きをしたい人たちを紹介、斡旋したのが、この口入屋である。

江戸時代からすでに、こういった仲介業者があったというのが興味深い。

この口入屋で、ブラックな職場ならぬ、人使いが荒いという評判が立ってしまった、とある雇い主のご隠居の噂から噺は始まる。

 

このご隠居、本所割下水に住む元御家人で、吉田老人という。

吉田老人の家では三日とあけずに、こんな問答が繰り返されているそうだ。いわく──

「旦那様、お願いがございます」

「なんだ」

「お暇をいただきとうございます」

「なぜだ」

「こちら様のように人使いが荒くては、とても手に負いかねますので」

こういった具合に、下男が次々と根をあげては退散してしまうので、近頃では奉公を希望する者も途絶えがちという。

口入屋に集まる求職者のあいだでも「あそこだけは、やめたほうがいい」と悪評が立つなか、そんな噂にもめげずに、杢助(もくすけ)という田舎出の朴訥な働き者が奉公に名乗りをあげた。

 

杢助が吉田老人の家を訪ねた初日。

「ごめんくだせぇ。口入屋から紹介を受けて参りました。杢助と申しますだ」

「そうかい、おまえさんが今回、来てくれた人かい。なにぶんよろしく頼むよ。そうだな、今日は初日だし、馴れないだろうから、まあ、骨休めでもしておくれ」

といいながらも、この老人、口が減らないタチのようだ。

「それにしても、おまえさん、もう少し早い時刻に来てくれればよかった。あらかた用事はすんでしまったのだが……、そうだ、手始めだ、軽く薪でも割っといてもらおうか。うん、そうだな、それならば、ついでに炭も俵から出して手頃に切って炭箱に入れて、縁の下へしまってもらっておくとしよう。そうそう、縁の下といえば、掃除して蜘蛛の巣なんぞも払っといておくれ。ああ、下ときたら、こんどは上もだな。ついでに天井裏もたのむ。ネズミの糞を始末しておいておくれ。それと、おもての板塀の落書きも消さなきゃな。いっしょにドブ掃除もお願いしよう。ドブ掃除といえば、隣の家が無精で掃除をしないんだよ、まったく。あっちの方角から風が吹くとなんとも心持ちが悪いんだ。だから、押しかけて掃除してやっといておくれ。となれば反対隣もだな。モノに角が立たないよう、向こう三軒も掃除してしまおうか。うん、そうだそうだ。それと、それが済んだら、品川まで使いにいっておくれ。外へ出たついでだ。手紙をね、青物横丁に届けてほしいんだよ。それから千住へまわってだね……、まあ、きょうはお目見得だから、そんなところにしておこう。まあ、骨休めだしな。あしたからはミッチリ働いてもらうよ」

これでは人が居付かないどころか、逃げ出すはずである。用向きが込み入りすぎている。

噂は本当だったわけだが、しかし、杢助も並の男ではなかった。

なんと、この猛烈な人使いを三年間も辛抱したのだ。

吉田老人のほうも、黙々と家事をこなす杢助のことをたいそう気に入り、「あれはよく働く。見上げた奉公人だよ」と認めるようになる。

 

が。

三年経った、ある日のこと。

「旦那様、お願いがごぜえますだ」

「なんだ」

「お暇をいただきてぇ」

「……」

久しぶりのこの問答。

「人使いが荒いからか?」

「そうではねぇ。旦那様、化物の出る家へ引っ越すてぇ話は本当かねぇ? 本当なら、お暇いただきてぇと思いやして」

じつは吉田老人、建物は古いが、ここより手広く、値段も安い手頃な家屋を見つけ、そちらに移りたいと考えていた。

すでに手金は打ってある。

だがこれが、もののけが出ると噂の、いわくつきの物件だった。

老人のほうは心臓に毛の生えたような御仁、化物出没の噂など意にも介さなかったが、杢助のほうは信心深い性格で、化物、幽霊のたぐいが大の苦手であった。

「おらぁ、化け物だけはダメなのす。他は、なんも、ガマンできるす。でも、化け物だけはダメだあ。堪らないんす」

ひともんちゃくの末、杢助は新居での奉公を拒絶し、老人も「仕方がない」と退職を認めるところとなった。

 

杢助は引っ越しまではまめまめしく働き、新居第一夜に何不自由ない支度を調えると、逃げるように去っていった。

〈まったくもって臆病な奴だ。しかし、残念ではあるな。杢助ほどの奉公人は二度と得られまい〉

夕食後、ふと、そんなことを思いながら書見をしていた老人。

突如、すさまじい悪寒に襲われた。

ブルっ、ブルブルブル、ゾクゾクゾク──

なんだ、この背筋を這うイヤな寒気は──

悪寒が収まると、同時に眼前に忽然と見慣れない子どもが姿をあらわした。

「? 断りなしに入ってくるとは何事だっ。顔を上げなさいっ!」

ひょいっとあげられた顔には、眼がひとつしかなかった。

「お、一つ目小僧!」

最初は驚きはしたものの、〈ふうん、絵で見たことはあるが、本物は初めてだな〉。

「おい! おまえか、あの背筋にゾクゾクっとくる、寒気を起こさせたのは。あれ、あれはやめなさい。まぁ、それはおいといて、いいところへ出て来たよ、おまえさん。ちょうどいい、晩飯の後片づけをしなさい。なに、いやだ? 言うことを聞きなさい、ひどい目にあわせるぞ!」

なかなかの剣幕で怒鳴りつけると、あっさりと一つ目を手なずける。

「茶碗、水で洗いな。ふきんで拭きなさい。うん、なかなかうまい。明日はもっと早く出て来なさいよ、用がたくさんあるんだから。あ、消えた」

〈ふむふむ、給金不要で飯を食わない安上がりの働き手だ、これはなかなかいいぞ、こき使ってやろう〉

どこまでもしたたかなご老人であった。

 

翌晩、また悪寒。

今度は大入道だ。

「だから! あの、背中にゾクゾクっとくるのはやめなさいと言っただろう! ま、今日はまずそこのお膳を片付けておくれ。うん、ふきんと雑巾の区別がついたな。次に肩を揉んで……、いや、おまえさんは揉まなくていい。そうだ、ちょうどいい、庭の石灯籠の頭が落ちてるんだよ。元どおりにしておくれ。その図体だから、あっというまだろう。あ、それと屋根の草むしりをしておくれ、おまえなら梯子をかけなくてもできるだろう」

また次の晩、また悪寒。

轆轤首である。

「こらっ! だから、これはやめろというのに! あ、今夜は女なんだね。のっぺらボーときたか。 卵に目鼻じゃないね、卵そのまま。いいんじゃないかい、なまじ目鼻があるんで苦労している女はいくらもある。まあ、そんなことはどうでもいい、さっそく着物のほころびを縫っておくれ。針に糸通せるかい? ……ふうん、どこから見ているんだろうねぇ? まあ、いいか。それにしても、小僧よりも女がいいね。いいね女は。え? なんで、そんなに体を堅くするの? 勘違いしちゃあ、いやだよ。もう、そういう歳じゃぁないよ。それにしても、ちょっと寂しいから顔に何か描いてあげようか? あ、消えた。気を悪くしたのかな」

そのまた翌晩。今夜は寒気抜き。

大きな狸が現れた。

「おまえかい、毎晩出て来ていたのは? なんだい、今夜は素顔かい。おや、何で涙ぐんでいるんだ?」

「へぇ、お願いがあるんです」

「なんだい?」

「お暇をいただきたいんです」

「なんだって?」

「こう化物使いが荒くては、とても辛抱なりかねます」

 

◾️ 落語のことば補説

▼ 口入屋(くちいれや)

江戸期の職業斡旋業者。「口入れ」とは"口を挟む"の意で、転じて仲介・周旋をあらわすようになった。

背景としては、参勤交代によって多くの武家屋敷が城下町にできたこと、また天下普請としての社会基盤の整備が始まり、公共事業の一環かつ生活困窮者の救済措置として、この江戸期の周旋業は機能したという。

たとえば諸大名は財政的に参勤交代の人員すべてをお抱えの奉公人ではまかなうことができず、また江戸武家屋敷のほうでも多数の奉公人が必要になったために求人が急増、口入屋には高賃金と下士扱いの身分を求めて、郊外や地方から家督を継げない者や仕事にあぶれた者が殺到したそうだ。

その際に、口入屋は身分の不確かな者の保証人となり、正規の奉公人には請人(うけにん/保証人)の証文を入れて紹介手数料を徴収、あるいは稼ぎの一部を身元保証料として徴収したという。

また別称として「入口(いれくち)」「肝煎(きもいり)」「慶庵・桂庵(けいあん)」「人入れ」「女衒(ぜげん)」などの呼称があり、求人先の身分や求人の職種・性別によって口入屋にもそれぞれ専門的分野があったそうである。

このなかの「慶庵・桂庵」とは、宿屋と口入屋を兼ねたところだそうで、求人があれば即座に応じられるよう、職を求めてきた人を泊めておいたことから「桂庵宿」や「人宿」とも呼ばれた。

もともとは真っ当な商売だったこの手配業も、享保年間頃からは地方の百姓を騙して安い値段で娘を買い、吉原や岡場所(もぐりの売春宿)に預け、その水揚げ料のほとんどをピンはねするようなゴロツキもあらわれたという。

もちろん真面目に人材発掘をし、あるいはまた豪商の娘の嫁入り先を世話するなど、いわば便利屋的存在の口入屋も多くあったそうだが、一方で人の世をはばかり、「人さらい」「人買い」などとも呼ばれ、大手を振って歩ける商売ではなかったとの記述も存在する。

先ほど挙げた「女衒」という呼称にはそれがつきまとい、とくに岡場所の権利関係からトラブルが続出、幕府からは完全に裏の商売と見られていたようである。[参照:Wikipedia]

▼ 化物

落語ではこの「化物」と、それと「幽霊」がよく登場するので、ここで少々、解説しておきたい。

化物とは異類、つまり人間以外の、それも霊性を備えると信じられる狐、狸、かわうそ、河童、ももんが、鬼、木霊(こだま)などの妖怪変化を指すのに対して、幽霊とはもちろん、死んだ人間の怨恨なり愁訴なりが意志をもち、生前の姿のまま、あるいはそれに近い姿であらわれるものを指すということになる。

落語では、化物が不特定多数をおどかして楽しむ比較的陽質なもの、幽霊のほとんどは特定の対象の前にあらわれて恨みがましく陰質なものとして描かれる場合が多く、後者については怪談噺などがそれにあたるが、もちろんこのかぎりではない笑い噺もわりとある。

ともすれ、いまも昔も、怪談のような超常現象噺に人びとは興味津々なのだろう。

今回紹介した『化物使い』に絡めていうと、この元御家人のご隠居が住む本所には、「本所七不思議」という怪奇現象が伝えられていた。このネタはそんな地域性を踏まえて作られた作品なのかもしれない。ちなみに、本所七不思議を以下に簡単に紹介しておく。

・「明かりなしそば」:暗い道端にそばの屋台が置いてあり、通行人が灯りを消すと祟られる。

・「足洗い屋敷」:夜中に天井から泥だらけの大足が下がり、洗うことを望む。

・「送り提灯」:前方に提灯が見えるので近づくと消え、繰り返すうちに家まで送られる。

・「送り拍子木」:回り夜番が「火の用心」と呼び、拍子木を打とうとするとどこかで先に鳴る。

・「おいてけ堀」:大量の魚籠を下げた釣り人が暗い堀端を通ると「おいてけ、おいてけ」と声がする。

・「片葉の芦」:若い女が横恋慕のならず者に片手片足を切り落とされ、池に蹴こまれて死んでから、岸辺の蘆は方葉しか出ない。

・「狸囃子」:どこからともなく聞こえる囃子に歩き回って疲れ、目覚めると広野原に寝ている。

 

◾️ 鑑賞どころ私見

口うるさいご隠居を中心にして展開されるこの噺は、後半、じつは人間的で愛嬌のある化物の出現によって虚構の世界へと場面が一気に転換して楽しい作品ではあるが、一方でこの落語の妙味は、ブラックな職場環境であろうとも、前半部のご隠居と奉公人・杢助とのあいだになぜか一種の友情が微妙に通いあうところにある。

上記あらすじでは割愛させていただいたが、引越しに際して御隠居へ苦労人・杢助がこれまでのことについて具申するくだりなどは、なかなかに含蓄ある機微を感じさせるものなのだが、それはそれぞれに工夫している噺家の口演をぜひにお聴きいただきたい。

この噺、人使いの荒いご隠居が人間はもとより、化物までさんざんにふりまわすおもしろさが作品の生命線となっているが、ブラック企業なることばがはびこる現代に至っては、なかなかに考えさせる問題も含んでいる。

雇用者・被雇用者のあり方(コンプライアンス)についてもそうだが、家事も歴とした労働たりうることを再認識させる内容であり、あらためて真正面から「働くとはなんぞや」と考えさせられるきっかけともなるだろう。

マジメな話になってしまったが、元に戻して芸談を追記しておくと、この噺のおすすめの演者は圧倒的に三代目古今亭志ん朝である。

志ん朝の朗らかな人柄と口演とが、杢助と化物(タヌキ)にフィットしていて微笑ましく、またとくに後半のノッペラボーの美女?のくだりは秀逸である。ネタバレ度外視で触れさせてもらうと、ノッペラボーが縫い物をする際に存在しない眼で針に糸を通すさまを見ていたご隠居が小首をかしげるあたりや、なにも付いていない顔を少々さみしく思い、ひとつなにか書き込んでやろうかと試みるも、なまじ目鼻があるので苦労している女もいるな……と思いとどまるあたり、志ん朝のギャグが冴えわたっていて爆笑必至である。ぜひにご一聴おすすめしたい。

 

◾️ YouTube 視聴

[2026年4月現在、視聴可能な動画となります]

▼ 音声のみ

・桂三木助[三代目]:https://www.youtube.com/watch?v=UetD49N-TZY

・柳家小さん[五代目]:https://www.youtube.com/watch?v=DJi_VjNwpeQ

・古今亭志ん生[五代目]:https://www.youtube.com/watch?v=hgMl7HKXyhs

・古今亭志ん朝[三代目]:https://www.youtube.com/watch?v=-iR3gnrLJGU

・立川談志[七代目]:https://www.youtube.com/watch?v=EI63ko7mDvc

 

◾️ 参照文献

・矢野誠一『落語手帖』(講談社+α文庫、1994年)

・京須偕充『落語名作200席(上・下)』(角川文庫、2014年)

・榎本滋民 著、京須偕充 編『落語ことば・事柄辞典』(角川文庫、2017年)

・立川志の輔 選/監修、PHP研究所 編『滑稽・人情・艶笑・怪談古典落語100席』(PHP文庫、1997年)