粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【読書】落語にちょっと関心をもって聴いてみようと思った方におすすめの3冊[入門書編]

今回は、最近、行きつけの呑み屋で落語に関心を持ち始めた常連客に、落語の世界をざっと知ることのできる「初心者におすすめの、いい本ないの?」と訊かれたので、3冊ほど見つくろって紹介させていただこうと思います。

選定にあたっては、出版発行年の新しい、新刊本として入手しやすい本を選びました(2024年現在)。

落語関連の書籍にはいろいろなタイプのものがありますが、今回のおすすめ本3冊はあくまでも"入門書"の体裁をとっているものを選書しています。

入門書というと、落語の概要をざっとつかみたい、そんなニーズに応えるタイプの本になるわけですが、その中でも比較的マト(的、要点)を得ていて、しかも次へ繋げられる(つまり、落語を好きになってもらって、さらにいろいろな噺を聴いてみたいと思わせるような)奥行きを感じさせるような点を考慮した本を選んでみました。

 

◆ 立川談慶『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』(サンマーク出版、2020年)

 

◾️ 出版社紹介文

400年、日本人を笑わせ続けてきた伝統芸能「落語」。それは、知性の塊である──なぜエリートはこぞって落語をききたがるのか!?

和製チャーチルと称された吉田茂元首相が愛した、落語。あのピーター・ドラッカーが絶賛した実業家・渋沢栄一が愛した、落語。

落語は大物政治家や経営者が「人の心をつかむ術」を身につけるツールとして、ビジネスエリートが「日本の文化・価値観」「人間の変わらない本質」を知るツールとして、長年親しまれてきました。

そんな“教養としての落語”を立川談志の弟子であり、慶應義塾大学卒、元ビジネスマンという異色の経歴の持ち主である立川談慶氏が教えます。

また、本書は落語だけでなく、日本人として知っておきたい日本の伝統芸能から、世界の笑いまで! これ1冊で学べます! これを読めば、誰かに話したくなること間違いなし!

 

◾️ 読みどころ私見

「まいど、ばかばかしいお笑いを一席」で始まる落語ですが、その入門書なのにいきなり"教養"という大上段のことばを冠する本の紹介から始まるのもアレで申し訳ないのですが、要するに落語を聴き始めるにあたって、ちょっとした(ほんとうに、ちょっとした)入り口の知識というものをもっていると、わりかしスッと噺のなかに入れるのではないかと思ったので、タイトルに若干、気後れするところもなきにしもあらずですが、この本を挙げさせてもらいました。

この本はビジネス書に分類されるだけあって、落語にまつわるトピックならびに要点がサラッとうまくまとまっていると思います。

たとえば、書中の「登場人物を知っていれば落語は100倍わかりやすくなる」(本書57-68頁)だけでも読んでおくと、なんの前知識もなくいきなりYouTubeなどで視聴するよりも、「ああ、なるほど、そういうことなのね」とわかりやすくなるはずです。

それと落語を聴き始めた方々がよく疑問に思う「オチ(サゲ)のわからなさ」についても、この本の「落語の代表的なオチの種類」(本書53-57頁)だけでも触れておけば、多少は理解の緩衝材になるかもしれません。

ちなみに書名にならって、この本を読めばただちに教養が身につくということにはなりませんが、この本はあくまでもさわりのさわり、あるいは"教養のくすぐり"であって、イチ落語ファンとしても、噺家である著者が諭すようにこの本の企図がうまく機能してほしいと願ってやみません。

そんな願いも込めて、著者「あとがき」から、次の印象的な引用を2つほど挙げておきます。

 

当時の江戸は、世界最大の人口を有した町ですが、そのエリアは今の東京二十三区と一致するわけではありません。皇居を中心とした狭い枠の中に、八百八町もの入り組んだ都市空間を構成し、そこにほぼ100万人もの人口を抱えていました。(中略)意外なことに、それほどの"大国"でありながら、当時の江戸は"ゼロ成長"であったそうです。享保から開国までの約130年間は、石高・人口ともに横ばい状態だったという資料が残っています。かくも長期にわたって「ゼロ成長体験」を持ったという例は、他国にはないそうです。我々の先輩方は、すでに「ゼロもしくは低成長」を予見どころか、経験していたのです。この点に、私は江戸時代と現代との相似性を感じています。人口問題やエネルギー問題から、環境問題に至るまで、世界中で直面している様々な難問の中、現在の日本が豊かな精神生活を保つためには、江戸文化や、落語の笑いに学ぶべきではないでしょうか。

 

落語には、ギスギスした話はありません。勝ち負けもありません。多くの落語は「上手に負ける」あるいは「結局引き分け、どっちもどっちだよ」という話がほとんどです。そこに生きている人々は、決して不真面目というわけではありませんが、息が詰まるような真面目さの中にもいません。互いに小さな迷惑を「シェア」し合いながら、みんながやんわりと幸せに生きています。

 

本書は全編を通してサクッと読める内容、分量となっているので、ざっと一読して落語を聴く前に素地をつくっておきたいと思われる方にはおすすめです。

 

◾️ 書誌情報

出版社:サンマーク出版 (2020/1/7)|発売日:2020/1/7|言語:日本語|単行本(ソフトカバー):223ページ|ISBN-10:4763138073|ISBN-13:978-4763138071

▼ 目次・所収

第1部 これだけは知っておきたい日本の伝統芸能「落語」

1章 これだけ知っておけば間違いない落語の「いろは」

2章 噺の構造と落語家の出世階級

3章 ニュースや会話によくでてくる名作古典落語

第2部 日本の伝統芸能と落語界のレジェンドたち

4章 落語とくらべると理解しやすい日本の伝統芸能

5章 これだけは知っておきたい落語界の天才たち

第3部 ビジネスマンが知っていると一目置かれる落語

6章 世界の笑いと落語

7章 これを知っていればあなたも落語通! 使える落語

 

◆ 稲田和浩『ゼロから分かる! 図解 落語入門』(世界文化社、2018年)

 

◾️ 出版社紹介文

初心者必携! 落語のあらゆるギモンをイラストで分かりやすく解説。もっと落語が楽しくなる!

「寄席ってどんなところ?」「どんな噺があるの?」「そもそも落語って何?」「はじめてでも理解できる?」 「江戸ってどんなところ?」「どこに行けば落語が聴ける?」……基礎知識から意外な豆知識まで盛りだくさんに楽しめる1冊です。

 

◾️ 読みどころ私見

本書については、完全に知識ベースの入門書として、広く網羅的によくまとまっていると思いましたので、おすすめしておきます。

とくに、実際に寄席を観に演芸場まで足を運んでみようと思い立った方には有益な情報を提供してくれるはずです。

またYouTubeなどで視聴する際に、噺のほうでちょこちょことわからない言葉や不明な箇所などが出てくると思うのですが、その際に本書にさっと目を通すと、だいたいのところは当たりをつけることができる内容となっています。

要するに痒いところに手が届く、そんな本なので、手もとに置いておくと便利なことこのうえないと言い切ってしまえる、ヴィジュアル面も充実した良い出来栄えの本だと思います。

過不足なくおすすめできる、なかなかどうして入門書としては優等生的なポジションにある本といえるのではないでしょうか。

 

◾️ 書誌情報

出版社:世界文化社|発売日:2018/3/10|言語:日本語|単行本:192ページ|ISBN-10:441818211X|ISBN-13:978-4418182114

▼ 目次・所収

◆落語家のホームグラウンド 寄席の世界を覗こう
寄席ってなに?/寄席に行ってみよう! 
◆落語を知ろう!
演目いろいろ
◆落語ってなに?
江戸落語と上方落語/古典落語と新作落語
◆落語で楽しく江戸を知る
江戸って現在のどこ?/長屋ってどんなところ?
◆落語のライブを楽しもう
扇子と手ぬぐいだけで表現/色物いろいろ
◆落語家ってどんな人?
どうやったらなれるの?/修行、稽古ってどうしてるの?
◆落語界のレジェンドたち
戦前戦後の昭和の名人たち/昭和から平成の名人たち
寄席案内・落語家紹介・用語集

 

◆ 頭木弘樹『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』(ちくま文庫、2020年)

 

◾️ 出版社紹介文

ちゃんと聴いたことがあるのに、そのうえで興味が持てない。落語は落ちが命、と言われているのに、落ちの何が面白いのかさっぱりわからなかった……。そんな人は案外多い。「落語は面白くないのがあたりまえ」から始まる落語案内。桂米朝、古今亭志ん生ら噺家はもちろん、カフカやディケンズ、漱石まで登場し、耳の物語・落語の楽しみ方を紹介する、まったく新しい入門書。

なぜ落ちは笑えない? どうして話が途中で終わるのか、などなど。落語に関する素直な疑問を解き明かしながら、落語ならではの大いなる魅力に迫る。

 

◾️ 読みどころ私見

今回紹介する本のなかでは大本命の1冊。

ですが、なかなかどうして、ちょっと立ち位置を説明するのにむずかしい本でもあります。

この本はそのタイトルが示すとおり、誰かに勧められてか、自分で関心を持ってか、まあ、どちらでもいいのですが、とにかく一度、落語というものに触れてみたのだけれども、「たいして面白くもないな」と思ってしまった人がいたとして、そういう人に向けて、というよりも、そういう人たちが一定数、確実に存在するであろうことを想定して、すでに落語好きになっている人たちとともに、こういう人たちにどのように落語の魅力を知ってもらえるのかということを一緒になってウンウン考えている、という、いっぷう風変わった本となります。

いきなり複雑、なにごとかヘタをこじらせて、余計なことをこねくりまわしていそうなポジションにいる本と思われそうですが、ところがどっこい、これほど真摯に、誠実に、落語というものに正面から向き合ってみようと試みた本も他にないので、純粋無垢な初心者の方々はもとより、書名に示すような方々にも自信をもって、ここで堂々と紹介したいわけです。

この本の巻末に解説を書いている噺家(桂文我)も言及しているとおり、「「面白くないのがあたりまえ」ということから始まっている点が面白い」「稀有な落語本」であることは確かで、少なくとも、落語の世界へ手引きする入門書の役割は十二分に果たしており、さらには、長く落語を聴き続けているようなファンをも納得させる、説得力のある"落語像"というものをしっかりと感じさせるつくりともなっています。

それをにおわせる一節を少々引用しておくと。

 

落語では、登場人物によって声音をすごく変えたり、大げさな動作をしたり、説明的にやったりするよりも、あまり声音を変化させず、わずかな所作で人物を描き分け、説明的なことはむしろ削るほうが、よしとされます。これはわかりやすさとは逆方向です。しかし、そうすることで、細やかな味わいが出ます。(中略)落語の語りでは「間」が大切とされます。そして、この間は、師匠から弟子に伝えるのが難しいそうです。そういう曰く言い難い、曖昧なものを、聴くほうが感じとれるのも、細やかに見ているからこそではないでしょうか。落語を初めて聴くときに、もし何か心構えがあったほうがいいとしたら、それは「これから細やかな味わいの世界に入っていくのだ」ということではないでしょうか。(中略)今は派手で華やかでわかりやすいものが一般的ですから、それだけでつまずいてしまうこともあるかもしれません。大きなマイナスに感じられてしまうこともあるかもしれません。しかし、だからこその「無上の甘露味」もあるということを、心にとめておいていただきたいと思うのです。

 

細やかさの中でしか伝えられないこともあります。薄味によってしか伝えられない微妙な味わいがあるように。大きな音の出ない古楽器にしか出せない音があるように。大声でなくささやくような小さな声でしか伝えられない気持ちがあるように。細やかさというものは、とても大切なものです。昔の落語家は、あえて最初、小さな声で語り始めたそうです。よく聞こえないので、みんな身を乗り出して聞き耳を立てます。そうすることで話に集中させるのだそうです。しかし、それだけでなく、「細やかな世界」に誘い込むということでもあったのではないでしょうか。大勢で華やかにやったのでは伝えることのできない、細やかな世界。(中略)芥川龍之介はこう書いています。「日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、━━あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。」(芥川龍之介『侏儒の言葉』青空文庫)(中略)ひとりで語る世界の「細やかな魅力」というものが、これほど他に派手なメディアができた後でも、落語という、おじさんが着物を着てひとりでぶつぶつしゃべる芸能が生き残っている理由だと思います。

 

落語という芸能には、能天気にアッハッハと笑って済ませるだけではない、少々きむずかしそうにみえる、ある種の"敷居の高さ"を感じさせるような横顔をみせるときもあるかもしれません。

「それでも」と著者は次のように言います。「「落語を聴かないのは、あまりにも、もったいないですよ」と。「なぜ?」と聴かれると、なかなか一口には説明できません。(中略)でも、一口に説明できないのは、それだけ落語の魅力がたくさんあるからです。

まったくもってそのとおりで、当ブログでも古典落語噺の紹介記事を書かせてもらっていますが、落語にはそんな細やかな魅力がたくさんあって、それをなんとか共有できないものかと思っている次第であります。

この本はそれらの魅力をすでに丁寧にすくいあげていて、しかも「落語を一度は聴いてみたけれど、面白くなかったと感じた人」たちにも寄り添おうとしている、もう脱帽としかいえないホスピタリティ。

正直、これほど読者にやさしく接しようとしている本というものも他にお目にかかれない、それほどよくできた手引き書ですので、落語にちょっとでも関心をもたれた方には、この本を片手に、ぜひに落語の世界にわけいってもらいたいところです。

 

◾️ 書誌情報

出版社:筑摩書房|発売日:2020/8/11|言語:日本語|文庫:336ページ|ISBN-10:448043688X|ISBN-13:978-4480436887

▼ 目次・所収

はじめに 「面白くないのがあたりまえ」というところから始めてみたい

第一章 「落語は落ちが命」の本当の意味

第二章 「耳の物語」と「目の物語」

第三章 落語は世界遺産

第四章 面白い/面白くないを分けるもの

あとがき 落語に何度も助けられた

解説 稀有な落語本(桂文我)