「おつかれ」
「おう、先にやらせてもらってるよ」
「おう。マスター、俺は、今日はビールじゃなくて、お茶割りにしようかな」
「2軒目?」
「うん、2軒目。ところでさ、聞いたんだけど、お前のところの後輩、怪我したんだって?」
「あー、あれな。そう、この前、一緒に釣りに行ったんだよ、そのとき。骨折して、ギブスしてるよ」
「なにがあったの?」
「陽が落ちる時間帯だったからな。薄暗くなってきて、堤防で足踏み外して、陸側に転げ落ちて、それで」
「おいおい、危ないな。アタマとか、打たなかったのか?」
「それは大丈夫なようだけど。ただな……」
「なんだか煮え切らない顔してるな。どうしたよ?」
「どうせ落ちるなら、海側に落ちろよって思ってさ。骨折だって、しなかっただろうし」
「いやいや、海側のほうがもっとヤバいだろ。岩場があるかもしれないし、テトラとかあったら同じだろ。海に落ちたとしても、どうやって引き上げるのよ?」
「そこはさ、俺が助けるさ。先輩らしく、大丈夫かぁーって。なんか、つまんないだろ。陸側だよ。海釣りに行ってるんだから、どうせなら海側に落ちろよって思うだろ」
「うーん」
「そう思わんか?」
「……」
「……」
「まぁ、陸側なだけにな」
「そう。陸側なだけに」
「でもよ、芸人じゃないんだから、べつに笑いをとりにいってるわけじゃないんだからさ」
「いやいや、魚だって、おかのうえで人間がなんかやってるよって、あきれてるだろ。失笑してるよ、失笑」
「まぁ、そうだな……」
「だろ」
「だな」
「それにしても、海に行って陸側に落ちるって、考えてみたら、笑えるかもな」
「まぁな。魚だって、釣られる身とはいえ、針呑み込んだからには、逃げるだけじゃなくて、あわよくば人間を海に引きずり込んでやろうとか思ってるかもしれないし」
「そんなデカいやつ、釣ってるわけじゃないよ」
「いや、たとえだよ、たとえ。それが、陸側に転げ落ちてるわけでさ。おまけに、骨まで折ってさ。もう逆に、笑うしかないかもな」
「それは……笑うしかないな」
「アホだよな」
「アホだな」
(註・まいど馬鹿馬鹿しい話ですいません。呑み屋で実際にあった会話を思い起こして書いています。今回は少しだけ脚色しました)