当ブログの【読書】カテゴリーをリニューアル・リライトしました。
リニューアルに際してあらたに推しの1冊として、ポール・オースター編、柴田元幸他訳『ナショナル・ストーリー・プロジェクトⅠ・Ⅱ』(新潮文庫、2009年)をご紹介。
こちらの本、当ブログのコンセプトの一端ともなった本で、小噺好きには垂涎の内容となっております。
編者であるポール・オースターについては言わずもがなアメリカ現代文学を代表する作家ですが、そのオースターがあくまでも編纂に徹した、ちょっと風変わりなショート・ストーリーを集めた本となります。
◾️出版社案内文
[Ⅰ]「誰かがこの本を最初から最後まで読んで、一度も涙を流さず一度も声を上げて笑わないという事態は想像しがたい」。元はラジオ番組のためにオースターが全米から募り、精選した「普通の」人々の、ちょっと「普通でない」実話たち──。彼の小説のように不思議で、切なく、ときにほろっとさせられ、ときに笑いがこみ上げる。名作『トゥルー・ストーリーズ』と対になるべき180もの物語。
[Ⅱ]失業、戦争、身近な人の死。誰の身にも起こりえる、だが決して「普通」ではない瞬間。少女の日のできごと、戦時中の父の逸話、奇怪な夢と現実の符合。深刻だったり、たわいもなかったり、茫然とするほどの暗合に満ちていたり──無名の人々が記憶のなかに温めていた「実話」だけが持つ確かな手触りを、編者オースターが丁寧に掬いとる。無数の物語を編み上げた、胸を打つアメリカの声。
◾️読みどころ私見
この本はアメリカ現代文学を代表する作家ポール・オースターが1994年にとあるラジオ番組で「物語を求めているのです」と次のように呼びかけて聴衆の投稿を集成した、少々"風変わり"な本である。
「物語は事実でなければならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません。私が何よりも惹かれるのは、世界とはこういうものだという私たちの予想をくつがえす物語であり、私たちの家族の歴史のなか、私たちの心や体、私たちの魂のなかで働いている神秘にして知りがたいさまざまな力を明かしてくれる逸話なのです。言いかえれば、作り話のように聞こえる実話。大きな事柄でもいいし小さな事柄でもいいし、悲劇的な話、喜劇的な話、とにかく紙に書きつけたいという気になるほど大切に思えた体験なら何でもいいのです。いままで物語なんて一度も書いたことなくても心配は要りません。人はみな、面白い話をいくつか知っているものなのですから。この呼びかけに十分の数の人が応じてくれたら、きっとそれは、自分やたがいについて驚くべき事実を知る絶好の機会となるにちがいありません」
こうして呼びかけたラジオ放送の反響は大きく、四千通を越える投稿が寄せられたそうだ。
それを一年をかけて隈なく目を通し、ラジオ放送のほうではオースター自身が寄せられた投稿のいくつかを朗読し(英語教材として日本で過去に発売されたことあり)、精選し、まとめあげられたのが、この『ナショナル・ストーリー・プロジェクトⅠ・Ⅱ』(ポール・オースター編、柴田元幸他訳、新潮文庫、2009年)という本である。
いわゆるショート・ストーリー集にあたるわけだが、一読されれば即座にこの本の希少な面白さ、文学的な意義を感じ取ることができると思う。
しかも、この本に収められているショート・ストーリーたちは"いっぷう変わった"おもむきのものばかりである。
この風変わりな感じをここでどのように説明すればよいのか、論評的に説明するにはいささか難儀で骨が折れそうなので、はなはだ心許なくはあるが、ちょっとした自作の類似サンプルを代替として以下に述べさせてもらおうと思う。
正直、このサンプルはあくまでも稚拙な創作・フィクションであって、お恥ずかしいかぎりのものではあるのだが、本書掲載の各話に共通しそうな特徴については、我田引水とはいえ、それなりに取り込めてはいると思うので、お目通しいただければ幸いである(以下、作中に登場する小道具にその特徴のフックがあることをあらかじめ申し述べておく)。
──とある場所、過疎な山間部のある村に住む一人の少女の親友は、家族の飼い犬であるマックスだ。
マックスは少女が生まれる前からそこにいて、少女が生まれてからは当然のごとく彼女に寄り添い、少女のことをかいがいしく気にかけ、世話をし、一緒になって野山を駆けまわり、同じ食卓を囲み、ともにスヤスヤと眠った。
ところが、少女が7歳になったとき、マックスは老衰と病によって動けなくなってしまう。
これも自然の理だ。だが少女は懸命に祈る。マックスがまた、元気になってほしい、と。
山あいなので近くに獣医はいなかった。
そこで少女は藁をもすがる思いで一計を案じる。
自分にできること。「どうか、マックスを助けてください」としたためたメッセージ・ボトルを川に流すことにしたのだ。
自分の宝物である、キラキラ光る緑色の小瓶。これに手紙を入れ、マックスとよく通った川上のほとりから、その瓶をそっと流した。
山のふもとにはお医者さんがいるかもしれない。自分はまだ見たことはないが、海のほうまで行けば大きな町があって、そこにならもしかしたら専門の獣医さんもいるかもしれない。
だが、一縷の望みもむなしく、マックスは永眠することになる。
少女は悲嘆に暮れる日々を過ごすが、日々は前へと容赦なく進み、時が次第に少女の悲しみを癒していくことになる──
──時は流れ、少女は17歳になった。
いまでは山間部の家をひきはらい、両親とともに海の近くの大きな町で暮らし、その地元の高校へ通っている。
周囲に友だちもでき、勉学・部活動にもはげみ、溌剌と高校生活をおくっている。
毎日が楽しく刺激的で、これといった不満もなかったが、だがひとつだけ、先の見えない、靄がかった思いを抱いていた。
もっともこれは、高校生の誰しもが抱える悩みのひとつである。そろそろ進路を決めないといけない時期なのに、進路先が決められない。
学校も部活も楽しいけど、よくよく考えると友達に誘われて、わるくいえば周囲に流されてやっていることだ。
とくにやりたいこともなく、ここまで来てしまった。
わたしは、ほんとうに、なにがしたいのだろう。
そんな茫漠とした想いを胸にしまいつつ、高校三年の新生活がスタートし、とりあえず、つぶしを効かせた受験勉強にも取り組み始めるのだった。
そして高三の夏。部活動も引退し、本格的に進路と受験とに向き合わなければならない時期にさしかかるも、いまだ答えは出ない。
そんな折、受験前に最後の息抜き兼思い出づくりをしようと、友だち同士で海に遊びにいくことになった。
海岸に併設されたレジャー・プールで遊び、水族館で友だちと写真をたくさん撮り、ついでに砂浜まで足を伸ばしてみた。
裸足になって波打ちぎわまで駆けていき、友だちと一緒になってはしゃぐ。
ワイワイやって、ちょっと疲れて砂浜まで戻り腰を下ろして望洋と水平線や景色を眺めていると、向こうのほうに漂流物が寄せ集まった箇所を見つける。そこで、目端にキラリとひかる煤けた瓶が目に入った。
なんとなく興味がわいて、友だちの輪からしばし離れて、一人でそこまで行ってみると、どこか見覚えのある緑色の小瓶がある。手に取ってみると、中に日焼けしたメモ用紙のようなものが入っていた。
思わずビンの封を開け、手紙を読んでみると、つたない幼児の字で「どうか、マックスを助けてください」と書かれている。
一目見て、卒倒しそうになった。そして、一目見て、わかった。
これは、わたしが、幼いころ書いたものだ。
そうだ、わたしはあのとき、心の底からマックスを助けたかったんだ。
胸の奥底にずっとしまっていた思いが奔流のように溢れ出す。
気がついたら泣いていた。
なぜ忘れていたんだろう、あれだけ悲しかったのに。なぜ思い出さなかったのだろう、あれだけ何もできないもどかしさを感じたのに。
そして10年も前に流したメッセージボトルを自分が受け取ることになった奇蹟に、純粋に驚く。
まさか、未来の自分自身に向けて送ったものになるとは……
異変を察した友だちが「どうしたの?大丈夫?」と駆け寄ってきてくれた。
涙を拭い、振り返って笑顔をつくり答える。
「大丈夫だよ、ありがとう。わたし、ようやく進路先が決まったよ。わたし、獣医になる。いまから頑張って勉強始めるよ」
翌年の春、少女は見事、獣医学科のある大学に進学することになったのだった──
ベタ展開な拙作で恥じ入るばかりだが、本書のほうではこのサンプル話に出てくるメッセージボトルの例ような不思議・奇蹟が、この拙作以上に複雑で、より"カラクリめいた"かたちで、めいめいに物語られている。
まさに「作り話のように聞こえる実話」ばかりで、そのどれもが、オースターがていねいに目をかけ、かつ、この作家独特の着眼点でもって選び抜いているだけあって、秀逸な出来栄えの物語ばかりである。
そして、これらのショート・ストーリーたちはやはり、どれもが「アメリカ」を感じさせるものばかりだ。
当然といえば当然だが、しかしながら、このように感じること自体もよくよく考えてみれば不思議な感覚ではあるのだが、どの物語からもなんとはなしに「アメリカらしさ」が薫ってくるのである。
こればかりは「百聞は一見にしかず」で、実際に手に取って読み、味わっていただくしかないのだが、ちなみにこのようなテイストを感じさせるものとして、オースター原作の映画『スモーク』(監督ウェイン・ワン、主演ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート、制作会社ミラマックス、1995年公開。第45回ベルリン国際映画祭審査員特別賞受賞作品/原作はポール・オースター著「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」(『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(新潮文庫、1995年)所収))もここで併せて挙げておきたい。
ここでいう「アメリカらしさ」を感得するのに、映画のほうが手っ取り早く観やすいという方がおられるのならば、こちらもおすすめである。
また、英語学習をされている方には、原書で耽読されることもおすすめしたい。
ラジオ番組の聴衆が投稿してきた文章で構成されているので、日常会話ベース、日常事例的なライティング・ソースになっており、しかもショート・ストーリー集なので短編単話区切りで勉強もしやすいと思われる。
いずれにしても、この本に収められた小さな物語たちはどれもこれも"事実は小説よりも奇なり"を地でいく掛け値なしの面白さを孕んでいて、かつ読みやすく、しかも、どこか、じんわりさせられる読後感を抱かせるものばかりなので、素直におすすめした本である。
追記:この『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』と似た趣旨のラジオ番組が2024年現在、日本国内で放送されている。とても良質な番組なので、ここであわせて紹介しておきたい。
放送局:J-WAVE(81.3FM)
番組名:au FG LIFETIME BLUES
放送日時:J-WAVE 毎週土曜日16:00-16:54/FM NORTH WAVE 毎週日曜日19:00-19:54/ZIP-FM 毎週日曜日19:00-19:54/FM802 毎週土曜日18:00-18:54/CROSS FM 毎週土曜日16:00-16:54
ナビゲーター:オダギリジョー
提供:auフィナンシャルグループ
◾️書誌情報
Ⅰ
出版社:新潮社 (2008/12/20)
発売日:2008/12/20
言語:日本語
文庫:366ページ
ISBN-10:4102451110
ISBN-13:978-4102451113
Ⅱ
出版社:新潮社 (2008/12/20)
発売日:2008/12/20
言語:日本語
文庫:359ページ
ISBN-10:4102451129
ISBN-13:978-4102451120
▼目次・所収
Ⅰ
編者まえがき
動物/物/家族/スラップスティック/見知らぬ隣人
Ⅱ
見知らぬ隣人(承前)/戦争/愛/死/夢/瞑想
編者より
訳者あとがき
文庫本のための訳者あとがき