粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

場末の呑み屋の四方山話・その5 「黄色い太陽」

昨年亡くなられた故・アントニオ猪木さんを偲んで。

 

「ほら、俺、プロレス好きだろ」

「ああ」

「それでさ、猪木さんが亡くなったときに思い出したことがあってさ」

「なに?」

「いやさ、だいぶ前だからウル覚えだけど、むかし、なんかの週刊誌でさ、猪木さんがお悩み相談室みたいなのやってたことがあったんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「うん。それでさ、それを読んでたら、ある若者からの相談でさ、自分はなにもやる気が起きない、なにをやったらいいのかわからない、毎日家でマスしか掻いてないっていう相談があったんだよ」

「また下ネタかよ」

「まぁ、まぁ、それでさ。猪木さんが、なんでもいいからとことんやってみろ、マスしか掻かないんだったらとことんやってみろ、太陽が黄色く見えるまでとことんやってみろって答えてたんだよね」

「とことんやると黄色く見えるんだな、太陽」

「らしい」

「猪木さんは見たんだな、黄色い太陽」

「当たり前だろ」

「そうなんだ……」

「おまえ、バカにしてるだろ。三歩先をいく男だぞ、猪木さんは。これはまじめな話なんだよ」

「あー、ごめん」

「むかし猪木さんが異種格闘技戦でイランに遠征に行ったときに、地元の英雄アクラム・ペールワンの腕の骨をアームロックで折ったんだ」

「お、おう」

「騒然とする会場のなかで、猪木さんはどうしたと思う?」

 

「……わからん」

「アウェイだぞ、地元の英雄が負けて怒号が飛び交うなかで、当時付き人だった、さすがのマサ斉藤さんも、身の危険を感じたくらいの状況だったんだぞ」

「マサ斉藤さん?」

「アメリカ修行時代に、ストリートファイトで10人に囲まれて、すべてのした人だ」

「そ、そうなんだ……」

「そこで名言が生まれたんだよ、『折ったぞー』っていうな。試合に集中するあまり、まわりが見えなくなっていた猪木さんは、勢いあまって、腕を振り上げて『折ったぞー』って叫んだんだよ。周囲の状況お構いなしにな」

「す、すごいな」

「ふつうできんぞ、そんなこと。それで、どうなったと思う?」

「どうなったんだよ?」

「そのポーズが、イスラム教のアッラーの教えのなかにある神に祈りを捧げるポーズと重なったらしい。猪木さんが腕を振り上げるさまを観て、観衆は一瞬にして静まり返った。そして勝者を讃える拍手にかわったそうだ」

 

「すごい……、勘違いだよな」

「勘違いでも、すごいものはすごいんだよ。常人には計り知れないんだよ」

 

「……なんというか、突き抜けた人というのは、痛快というか、可笑しみがあるよな」

「まあな。折ったときも、目がイっちゃってたと思う」

「イっちゃってたか」

「偉業を成し遂げる人とは、そういうものなんだよ」

 

「それはまぁ……、そうかもな」

 

「なぁ、俺たちは黄色い太陽を見れるのだろうか」

「どうだろうか……、黄色い太陽ねぇ……」

「俺は、見れるもんなら見てみたい」

 

「……」

 

「……」

 

「元気があれば、なんでもできるしな」

 

「ああ。元気があれば、なんでもできるんだ」

 

(註:呑み屋話書き起こしです。あらためて、猪木さんに合掌。それにしてもプロレス・ファンは、語り口が上手い人が多いような気がする)