粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

一人民族大移動

まじまじとながめると、なんとはなしにおかしみをそそる言い回し、というのがある。

 

たとえば回転寿司。

だいぶ以前に、たしか、なにかのギャグ漫画か、もしくはだれかのコントで見たと記憶しているのだが、回転寿司屋の暖簾をくぐって中に入ってみると、皿の上で寿司が回っていた、という落ちだったのだが、つまりは、寿司がのった皿がレーンを流れていくのではなく、寿司自体が皿の上でぐるぐると回っていて、それに客が驚くという落としである。

字ヅラどおりだと、そうもとれるわけで、しかも回転方向は水平だけではなく、タテに回る、ナナメに回る、高速で回る、といった畳みかけをしていた。

寿司が空中に浮いて360°全方向に回転しているさまを想像してみる、突き放して、そのさまをよくよくイメージしてみる、と、たしかにおかしなことになっているわけで、まあ、笑いを誘うといえる。

 

こういう笑いを「シュール」と形容するそうで、なるほど、ひとつ、勉強になったと思った。

いろいろな語義があるようだが、「超現実的、現実離れ」というのが妥当な意味とされる。

ウィキペディアを閲覧してみると、引用元となるシュルレアリスムという術語から独り歩きしはじめた形容句となっているようである。

シュルレアリスムで思い出したのが、この文学芸術運動で有名な画家で、サルヴァドール・ダリという人がいるが、この人の伝記映画をむかし観たことがあった。

映画のなかでも描かれていたのだが、マスコミの前で奇行をすることで有名な人だったらしく、象にまたがってフランス凱旋門をくぐったり、講演会で潜水服を着て登壇したり(酸素供給がうまくいかずに死にかけるシーンも描かれていた)、アメリカへ移住する際に空港の税関で、頭の上に紐でフランスパンを括りつけて通り抜けようとしたりと(税関の職員が忍び笑いをする様子も描かれていたと思い出す)、たしかに奇天烈なアピールをする人であったようだ。

奇行の陰に、本人なりの、なんらかの思想的に意味深な企図もあったのだろうが、画ヅラどおりに、これもまじまじながめると、たしかに笑いを誘う。

伝記映画のたぐいで笑ったのは、この映画がはじめてで、後にも先にもなかったように思う。

これらの笑いのポイントは、「まじまじ」というところにあるだろう。

現実離れしているので、それをまのあたりしたときに、一拍の間があく。

この間が踏み台になって、次の可笑しさ誘引する仕掛けがうごくわけだ。

 

むかし、アンドレ・ザ・ジャイアントというプロレスラーがいた。

リングネームどおりに、とにかくケタ違いに「デカい」レスラーで、身長が2m20cmちかくあり、テレビ画面で観ても他のレスラーたちとはサイズ感がまるで異なっていた。

それこそ、ほかのレスラーたちが小粒に見えるほどで、相手のレスラーから投げ技をかけられている姿をめったに見れないという規格外の体格の持ち主だったわけだが、とにかく、この現実離れした、超現実的な体格をどのように言いあらわせばよいのか、当時のメディアがその驚きを視聴者に伝えたくて、悪くない意味で、囃し立てていた。

巨人どころか、大巨人でも足りない。

アメリカのショー・メディアでは、世界七不思議をもじって、「世界八番目の不思議」とアンドレのことを形容していた。

日本では、プロレス実況のパイオニアで、その名調子な喩えで知られるアナウンサーの古舘伊知郎さんが「一人民族大移動」「巨大なる人間山脈」と叫んでいた。

すごい喩えようである。

そして、言葉選びのセンスがすごい。

ほかにも、「ひとりというにはあまりにも巨大すぎ、ふたりというには人口の辻つまがあわない」「太平洋をひとまたぎ」「現代のガリバー旅行記」「動く大陸」などとツバを飛ばしていた。

 

これらの言い回しを、まじまじとながめてみてほしい。

プロレスに馴染みのない方でも、字ヅラだけでも、よくよくイメージしてみてほしい。

 

一人民族大移動。

 

巨大なる人間山脈。

 

どれだけ、どエラいことになってるのか、ことばの意味はよくわからないが、とにかくデカいのだろうなという感想は出てくるものだと思う。

この例は、とにかくデカいということを他人に伝えるためには、単純にデカいと言っただけでは足りず、人にピンとこさせることはできないということを教えてくれているだろう。

なにかを伝えたいときに、大袈裟に言ったほうが、その突き抜け加減によっては、そのほうが相手によく伝わると言うことを示唆しているように思う。

現実のなにかを伝えるためには、超現実的に表現したほうが、かえって伝わるということなのかもしれない。

そして、突き抜けたものには一種の可笑しさがある。

笑うのが不謹慎とされるような事柄でも、事の次第によっては、笑ってしまうような表現を使うほうが、その実相をありありと伝えることができるのかもしれない。

 

先ほど、むかしのプロレス動画を鑑賞しながら、そんなことを芒洋に考えていた次第である。

 

補記:ウィキペディアで古舘伊知郎さんの頁を閲覧すると古舘語録なるタグがあって、そこに氏の才気溢れるこれらの「言い回し」が掲載されている。プロレスラーや格闘家などの顔を思い浮かべることができる方なら、ニンマリすることと思う。自分の場合、意外と知らなかった言い回しも多く、楽しめました。

それと今日のお題について。自分の好きな落語の世界のなかには、こういう噺がかなり多く散見されるということを追記しておく。