「歳とったよなぁ……」
「まぁ、そうだな。どういうときに老いを感じる?」
「いやさ、このまえ結構な雨がふっただろ。それでうちの工場の敷地のなかに、そこそこの大きさの水たまりができてたわけよ」
「うん、それで」
「それでさ、これならイケる、飛び越えられるだろう思ってジャンプしたわけよ。そしたらさ、ハマった……」
「まぁ、そうだろうなぁ……。思っていることに身体がついていかないという……」
「出勤前だよ。裾がびしょびしょになって、さんざんだったよ」
「まぁなぁ……、動かんよな、からだ。なんとなく、動かん」
「俺の場合は、そうだな、厄年過ぎたあたりからかね。むかしの人の暮らしの知恵というか、人生観というのはほんとにすごいね」
「そうだなぁ……。思ったんだけどよ、映画のなかとかでさ、よくあるだろ、逃亡者がビルとビルの谷間を飛び越えるやつ。あれ、ムリだよな、この歳じゃ」
「この歳じゃなくてもムリだろ……」
「……落ちるよな」
「……落ちるだろ」
(註:行き付けの呑み屋でなされた実際にあった会話です。多少、整えましたが)