粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

場末の呑み屋の四方山話・その1 「ビルの谷間」

「歳とったよなぁ……」

「まぁ、そうだな。どういうときに老いを感じる?」

「いやさ、このまえ結構な雨がふっただろ。それでうちの工場の敷地のなかに、そこそこの大きさの水たまりができてたわけよ」

「うん、それで」

「それでさ、これならイケる、飛び越えられるだろう思ってジャンプしたわけよ。そしたらさ、ハマった……」

「まぁ、そうだろうなぁ……。思っていることに身体がついていかないという……」

「出勤前だよ。裾がびしょびしょになって、さんざんだったよ」

「まぁなぁ……、動かんよな、からだ。なんとなく、動かん」

「俺の場合は、そうだな、厄年過ぎたあたりからかね。むかしの人の暮らしの知恵というか、人生観というのはほんとにすごいね」

「そうだなぁ……。思ったんだけどよ、映画のなかとかでさ、よくあるだろ、逃亡者がビルとビルの谷間を飛び越えるやつ。あれ、ムリだよな、この歳じゃ」

 

「この歳じゃなくてもムリだろ……」

 

「……落ちるよな」

 

「……落ちるだろ」

 

(註:行き付けの呑み屋でなされた実際にあった会話です。多少、整えましたが)