粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

片寄

とりとめもない話をしたい。

ほんとうにとりとめもないことなので、ここに書くのもどうかと躊躇ったが、最近、なにかというとチラチラとあたまをよぎることなので、書いて排泄したくなった。

 

夏の暑い日が続いている。

温暖化の影響とか異常気象とか言われているが、猛暑といえど、夏は暑いものと思っているので個人的には異存はない。

 

が、最近、右側だけが灼ける、というのがひっかかっている。

仕事柄、よくクルマを運転するのだが、そうしていると差し込む陽の強さで、右腕が灼けるのだ。

右腕だけが黒い。

最初は気づかなかったのだが、カミさんに言われて、自分の両腕を見比べてみると、明らかに右腕だけが黒い。

これが、どうにも、いかんともしがたい。

ならば、左も灼けばいいのではと思いつつも、わざわざそれもやるのもどうかと思うし、ばかばかしいとはっきり思いながらも、気になる。

そう思って、最近の自分の行動を振り返ってみると、なぜか、自分の右側を陽にさらしているようである。

 

この片寄はなんなんだと思う。

たとえばウチはマンションで、喫煙するときにベランダの自作ブースに出てタバコをふかすのだが、休みの日の昼間などに、ここでも右側を陽にさらすことになる。

スペースの関係で、その自作ブースに置けるベンチの向きが、どうしても自分の右半身を外側、つまり陽の当たる側に向けるしかない仕様となっているからだ。

ので、最近家でタバコを吸うときは、右側の身を焦がしながら黙然とタバコに火をつけている。

こういう奇妙な片寄は、最近、なぜかついてまわる。

移動の電車で乗降口のドアの脇にもたれかかって立っているときも、ふと気がつくと、右側を窓に当てて寄りかかっている。

得意先に出かけたときも、案内された応接間で、他にも人がいるのに、なぜか自分がいちばん右端に座り、そこに陽が当たってくる。

どういうわけだか、そんなシチュエーションばかりである。

右側ばかりが黒ずんでいく。

 

先日、喫茶店で知り合いと世間話をしていたときも、そうだった。

はっと気づくと、陽の当たる大きなガラス窓に自分の右側面が写っている。

窓際の席を選ばなければよかったと後悔しつつも、どうしようかと思ったので、対面で朗々とこちらに話しかけてくるその知人のトークを遮って、こう切り出してみた。

「すいません、いまさらなんですが、席をかわってもらえませんかね?」

「はい?」

「いや、左側を灼きたいんですよ」

「はあ?」

きょとんとしていたが、まあ、そうなるだろう。

 

とりとめもない話だ。

が、こういう不思議な片寄というものがなぜかあって、もしかしたらそういう偏りが人のおこないを左右し、その人の人生の軌道をうっすらと曲げる、なんてこともあったりするのかもしれないなと、長々と話し込む目の前の知人の顔を見ながら、ぼんやりと思った。