粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

剽軽もの

この前、田舎道の赤信号で停止中に、クルマのフロントガラスに、なにか茶色く細長い物体が飛来してきて、ペトっと付着した。

 

なにかと思って見てみると、カマキリだった。

 

一瞬、ムム、となる。

カマキリに対しては、複雑な心情がある。

 

子どもの頃、苦手な虫だった。

小学生の時分なので、遊びで昆虫採集などもしていたし、手づかみすることにも抵抗なく、そこいらへんは、まあ、大丈夫なのだが、なにが苦手にさせたのかというと、こいつらが「共食い」をするということを耳にしたからだ。

 

メスが交尾のあとに、産卵のための栄養とするために、致した直後のオスをバリバリ、ムシャムシャと食べてしまうということに恐れおののいたのである。

いま、この文を書いていても、どこか背中が粟立つ。

 

試みに、手許のウィキペディアを閲覧してみると、どうやらメスは、自分よりも小さくて動く虫虫なら、なんでも手当たり次第に喰ってしまうそうで、それが同族のオスであっても、その鎌を容赦なくふるうという。

オスにとっては理不尽極まりない現実だろう。

オスの処世術としては、このメスの鎌から逃れつつ、いかに複数のメスと交尾をキメるかというものらしく、ちょっとホッとしたのが、必ずしも喰われるわけではないというところだった。

それにしても、依然として恐ろしいと思ってしまう、サバイバルな生涯である。

ちなみに、知らなかったのだが、みどり色のからだが大きいのがメスで、茶色のからだの小さいのがオスだそうである。

 

ところで、こんな印象を子どもの頃からずっと持ち続けていたわけだが、それがちょっとズラされるような出来事も過去にあった。

あるとき、なにかの用で、病院の待合室にいたときに、あまりにも待たされるものだから、備え付けの雑誌や図書をパラパラとめくって時間を潰していた。

そのなかに小学生向けの雑誌があって、昆虫の特集が載っていたのだが、それをふと目にしたところ、このカマキリが「草原のひょうきんもの」と紹介されていたのだ。

 

一瞬、目をみはった。

 

……ひょうきんもの?

 

どこが? と思い、その記事を読んでみると、どうやら、カマキリが敵認定した相手にとる威嚇のポーズがおもしろい格好ということらしい。

そうなのか、そういうものなのか、という感想だったが、もちろん、これだけで疑惑の念が解けたわけではない。

 

だが、考えてみれば、世間一般ではそういうイメージで通っているのかもしれない。

むかし、タレントの関根勤さんが「カマキリ拳法」なるギャグをやっていたし、テレビ番組『すべらない話』で芸人の宮川大輔さんが、カマキリにまつわる高校時代のエピソードを披露していたのなど、たしかにおもしろかった。

どう考えてもリミッターが振り切れている格闘漫画『グラップラー刃牙』では、主人公が地上最強の生物といわれる自分の親父と親子喧嘩をするために、たしか、もはや父親と同格の格闘家がいなくなってしまった穴埋めのため、対戦相手としてカマキリの等身大サイズをイメージしてシャドーするというシーンが出てきた。

それがおもしろく、妙に印象に残っていることからみても、たしかにカマキリには、どこか荒唐無稽の剽軽(ひょうきん)さがあるのかもしれない。

 

なるほど、剽軽ものか……。

 

フロントガラスの向こう側、目の前にいるカマキリをあらためて、まじまじと見つめる。

 

信号が青に変わり、クルマを出すと、飛ばされまいとして、ワイパーを必死になって掴んでいる。

 

……その、風にあらがう姿は、たしかにおもしろいかもしない。

 

そして、速度をゆるめると、なにを思ったのか、突然、例の威嚇のポーズをとった。

 

……なるほど、剽軽ものかもしれない。

 

だがしかし、そう簡単に、過去のトラウマが溶けることはないが、……でも、おもしろいかもしれない。

 

が、わるいが、加速させてもらう。

 

すると、威嚇のポーズのまま、風にあおられ、どこかに飛ばされていってしまった。

 

……やっぱり、剽軽ものなのかもしれない。