粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

鎮具破具

学生の頃に哲学の読書会というものがあって、そこへ参加したときに、シモーヌ・ヴェイユという人の、こんな箴言に出会ったことがある。

 

求める目的とは反対の結果を生む努力がある。一方、たとえうまくいかないことがあっても、いつも有益な努力もある

 

激動の二〇世紀前半世を生き、34歳の若さでこの世界を駆け抜けたヴェイユの生涯に思いを致すと、この至言に恩寵にも似た輝きを見出すとともに、根をおろして透徹に現実を見つめた万金の重みを感じさせる。

 

と、まあ、お堅いすべり出しで申し訳ないが、それにしてもこの言葉、味わい深くて、ほんとうに良い言葉だなと思っていて、なるべく努力はしたくはないヘタレな自分にしてみても、たまにはこういう言葉で、どこか自分を鼓舞してみたいと思ってしまうものなのである。

 

ところで、この言葉に掛けるわけではないが、むかし、「求める目的とは、まったく関係のない結果を生んだ努力」というのを目撃したことがある。

本人にはまったくあずかり知れない、まったくお呼びでない結果が、期せずして、意図せずして現れてしまった、奇妙な努力である。

これが、いまをもって振り返ってみても、どうにも掴みどころに欠けるというか、いったいあれはどういうことだったんだろうと、ちょっと首をかしげる事象なのである。

今日はそんな話をしてみたい。

 

こどもの頃、自分の家の隣りに、自分と同学年で、あだ名マッキー(仮)という子が住んでいた。

とくに仲が良かったわけではないのだが、隣りの家の子ということもあり、多少は、学校なりで気にはかけていたのだが、クラスもなぜか一緒になることもなく、別のグループの遊び仲間に属していたこともあって、それほど交流をもつこともない、そんな立ち位置の間柄だった。

外見も中身も、悪い意味ではなく平均的な子で、自分と一緒で、それほど外野に表立って目立つような存在ではなかったのだが、マッキー自身はそうでも、その母親は違った。

今でもこういう呼称はあるのだろうか、マッキーの母親は当時でいうところの「教育ママ」で、とにかく自分の子どもに、勉強、勉強とうるさかった。

隣りに住んでいたのでわかるのだが、夕方から夜にかけて、子どもが勉強をサボっていると、怒鳴り声が聞こえてくるのだ。

お姉ちゃんもいて、この母親に反抗して、ケンカする声もよく聞こえてきた。

外から様子をうかがっていても、まあ、厳しい人だというのはよくわかる。

子どもの数も多くて、受験戦争も厳しい時代だったから、愛情の裏っ返しと言えなくもないが、この母親に関してだけは、マッキーに対して気の毒さを感じざるをえなかった。

 

そんなマッキーであったが、おとなしい子だったので母親には逆らえず、中学に入って粛々と帰宅部に属することとなり、日々、勉学に打ち込んでいたのだろうが、あるとき、様子が変わったように、学校から一目散に"走って"家に帰るようになった。

その様子を見て、どうしたんだろうと思いはしたが、どうせ母親にせっつかれてのことだろうと最初のうちは思っていた。

が、しばらくして、どうやら様子がちょっとおかしいと思い始め、どこかのタイミングで本人をつかまえて話を聞いてみると、かなり羽詰まった、切実な調子で「ファミコンができるんだ」と訴えられてしまった。

 

はぁ? と思ったが、どういうことかと事情を聞いてみると、数か月前からマッキーの母親がパートに出ることになって、夕方に家を空けることになったという。

その母親が家にいない時間に、だいぶ以前に禁じられて封印されていたファミコンで隠れて遊べるということらしい。

母親も日暮れ前には仕事を終えて帰宅する。それまでのあいだの、およそ1時間から2時間程度だが、少しでも長くファミコンで遊びたい。

学校が終わり、放課後を告げるチャイムが鳴った瞬間、ダッシュで下校すれば、早く家にたどり着いたぶんだけ、それだけ長く遊ぶ時間が確保できる。

だから、脇目もふらず、一目散に家まで走る。走って、走って、とにかく走って、なんとしてでも家に早く帰りつきたい。

そう言うのである。

理由を聞いて、ため息しか出なかったが、それでもその心情をおもんばかると、多少なりとも同情を禁じえなかったので、せめてものたむけに、いくつか、自分の持っているファミコンのソフトを貸してあげることにした。

 

そんなマッキーが、放課後のチャイムと同時にダッシュで家へと駆けていく日々がどれほど続いただろうか。

マッキーが走って帰るその姿も日常の風景となり、周囲の人々も、そしておそらく本人も、それが当たり前になって、特段、意識にのぼることもなくなった、ある年の秋。

自分とマッキーが通っていた中学校で、毎年恒例のマラソン大会が開催された。

もちろんフルマラソンではなく、学校の周辺を、まあ、10キロもいかなかったと思うが、ぐるりと周回するというイベントだ。

結論から先に言ってしまうが、勘のするどい方はおわかりかもしれないが、その大会で帰宅部のマッキーが優勝するという珍事が起こるわけである。

 

陸上部やサッカー部のなみいる猛者どもをゴボウ抜きである。

事情を知らない生徒たちや先生方も、なぜ帰宅部のマッキーが?、と唖然としていた。

そりゃ、そうだろう。

正直、パッと見、あきらかに運動部系のオーラは皆無である。こういっちゃワルいが、まあ、風采はあがらないほうだし、どこからどう見ても足が速いとは思えないツラ構えをしている。

マラソンを走り終えた本人も、とくに、なんのことはないという顔をしている始末である。

優勝した嬉しさを噛みしめるなんてこともせずに、なんなんでしょう、この状況は?といった、なんの感慨もないような望洋とした表情をしていた。

運動部の連中も、最初こそ、苦虫を潰したような雰囲気を醸し出していたが、途中から、なんだかよくわからないこの事態を面白がり始めているようだった。

事情知ったる自分にしてみれば、内心、このちょっとした痛快事に拍手を送ったし、理由が理由なだけに、含みのあるおかしさを感じつつも、このやにわにの珍事に、それにしてもと、どうにもつかみどころのない感想を抱いた次第である。

 

このマッキーの“努力”、どう考えればいいのだろうか?

 

マッキーが日々、「走って帰った」のは立派な努力である。

努力とは、目的と結果があって成立するものであるならば、マッキーの努力は目的も結果も要件を満たしている。「少しでも長くファミコンをする」という目的と結果を日々、達成し続けてきたわけだ。

が、間違っちゃいけないのが、「足が速くなる」というのは目的でも結果でもなんでもないということである。本人も望んではいない。

足が速くなるというのはあくまでも、この努力の副産物に当たるわけだが、この副産物が「マラソン大会優勝」という結果を生んだことになる。

が、こっちの結果なぞ、そもそも本人にはお呼びでない結果であって、マッキーの努力は相変わらず「少しでも長くファミコンをする」ほうにそそがれている。

が、周囲の目には、あるいは世間的には「マラソン大会優勝」のほうが、結果としては気位が高いとみなされる。

が、マッキーの表情を見るかぎり、本人にとってその結果はまったく価値がない。目的にもぜんぜん叶っていない。

むしろ、ありがた迷惑このうえないようで、マラソン大会の後に、マッキーのほうから話しかけられて、どうしたん?、と聞いてみると、お願いだから、マラソン大会に優勝してしまった件と、それに絡んで自分が家まで毎日走って帰っていたことは内密にしてほしいと頼みこまれてしまった。

どうやら、この珍事から、真実が母親に露見することをおそれたらしい。

いやいや、大丈夫でしょうと返したが、あんまりにも心配するものだから、内密にすることを確約し、ついでに優勝のご褒美とばかりに、またファミコンのソフトを貸してやるよと言ったら、ものすごく嬉しそうな顔をしていた。

現金なことである。

 

さて、このマッキーの目的と努力と結果から、するりと抜け落ちた事実がある。

本人もまったく意識していないようだし、知ったところでどうでもいいと感じるのだろうが、じつはすごい事実である。

 

マッキーは足が速い、という事実である。

 

この事実、けっこう大したものだと感じられたのだが、その後のいきさつを追跡観察したところ、これほどぞんざいにあつかわれた事実もそうないのではないかと思えるほど、惨憺たる立ち消え方をする。

まず、本人からして、足が速いという事実をどうでもよいと思っている。

マラソン大会に優勝したという事実から、周囲がマッキーになんらかの働きかけをしたかといえば、なにもない。陸上部の顧問の先生などがスカウトでもすればいいものを、と見ていたのだが、まったくそのような動きもなかった。

母親も、自分の息子がこれだけ足が速いのだから、その才能に気づいてやれよとも思ったが、なにせこれはマッキー本人が露見することをおそれている。ゆえに、伝わりようもなかった。

もっとも、この母親も、足の速さを知ったところで、マッキーに対して勉強一辺倒を望むであろうことは、その後も隣家から聞こえてくる怒鳴り声で火を見るよりも明らかだった。

それで、あっという間に、この一件はクローズドされた。

 

これでは、この“事実”が可哀想である。

事実のことを可哀想に思うなど、金輪際、思いもよらなかったが、これはほんとうにもったいないことだと当時から思っていたし、いまもその思いは変わらない。

事実や、事象や、出来事というものにも、だれかが注意を払ってやらないと、消え去っていくのは当然のことなのだが、ここで少しでも書いてやることで、この可哀想な事実がちょっとでも浮かばれることを切に願う。

 

それにしても、こういう、ちぐはぐなことが起こるたびに、努力とはいったいなんなのだろうと、首をかしげる。

が、謎の努力をしつづけるというのも、人生を面白くする趣向のひとつなのかもしれない。