
夫婦の間柄というのは、他の種類の人間関係とはちょっと違った性質の、たとえば若かりし恋愛関係にはない、ちょっとした"特別さ"があって、これに心あたりのある方ならば、この本、眉村卓『妻に捧げた1778話』(新潮新書、2004年)は、どこか響くところのある本になると思います。
本書は、作家である夫が、長く連れそった妻の闘病生活をともに暮らし、そのあいだに一日一話短編を書きつづることを誓って、書き溜めて、それを毎日妻に読んでもらいながら、さいごに妻を看取る、というお話なのですが、その坦々とした筆致の随想をさいごに綴じる瞬間は、やはり胸に迫るものがあります。
こういう小著は、わけても好著の薫香漂う。それを地でいく本だと思います。
◾️ 出版社紹介文
余命は一年、そう宣告された妻のために、小説家である夫は、とても不可能と思われる約束をした。しかし、夫はその言葉通り、毎日一篇のお話を書き続けた。五年間頑張った妻が亡くなった日の最後の原稿、最後の行に夫は書いた ──「また一緒に暮らしましょう」。妻のために書かれた 1778篇から 19篇を選び、妻の闘病生活と夫婦の長かった結婚生活を振り返るエッセイを合わせたちょっと変わった愛妻物語。
◾️ 読みどころ私見
本書はささやかで、こまやかな、夫婦の日常を綴った小著である。
いや、その日常の日々もけっして平坦なだけではない、些細であっても起伏はあるわけだから非日常であるともいえるだろうか、──妻の病気がわかり、病院と家での交互の生活を過ごし、そして妻を看とることになった夫の非日常であり、また日常ともいえる、そんな折々を綴った一遍の記録である。
それだけに、いや、それだからこそ、読んでいて、最終章に綴られた「一日一話の終わり」はやはり、胸に迫るものがあった。
ほんものの"行間"というものを、ここではじめて眼のあたりにする想いがしたものである。
そして、なんの変哲のない日々も、過ぎ去ると宝石のような日々だったことに気づかされる──本書は、そんなことを露わにする小編といえるだろう。
著者はSF作家、短編ないしショートショートを得意とする作家であり、その作品群ではちょっと変わった非現実の世界を連綿と書き続けてきた人なのだが、そんな作家が自身の"現実"を、つまりは妻の闘病生活が日常となった"リアルな非日常"の日々を、こう表現している。
「とにかく、将来というものは考えないようにして、今を生きるのだ。ひとつの家庭としては、これはすでに日常ではなく、非日常の日々である。ずっとつづく非常事態なのだ。だが、だからといって、悲しみに浸っていたり運命を呪ったりして、何になろう。最善の手を打ち普通に暮らし、終末の日をできるだけ先に延ばすしかないのである。いつの頃からか私は、この非常の状態を日常として受けとめるようになった。その日その日を日常とするのである。妻が、遠出不能になろうと、もう買い物に行くのも無理という状況になろうと、初めからそうだったのだ、これが私たちにとってはずっとつづいてきた日常なのだ、と思えばいいではないか。坂を下りながらの、あるいは転倒にかかる前の独楽の静かな回転の中での、一日単位の日常」
その一日がありきたりのものであったとしても、ありきたりの一日が積み重なれば、その重みも増すものである。
夫婦で暮らす、そのありきたりの積み重ねは当然、けっして軽いものではない。
この本に綴られたその確かな重み、あるいはこの「一日単位の日常」の特異さと密度と重力とは、年齢を重ねるほどに朧げにみえてくるその星霜の念のようなものを、自身のものとしてあらためて想起させる力をもつものだと感応させられた次第である。
それにしても本書を読んで気づかされるのは、夫婦の関係というものは、他の種類の人間関係に比しても、ちょっとした特別さがあるように感じられる点である。
「よその夫婦のことはよくわからないので、比較のしようがないけれども、私たちはよく一緒に出掛けたほうだと思う。これは、もともと妻も私も出好きだったということだろうが、共働きをしていた関係で、勤めが終わってから待ち合わせて町で食事したり、休日はフルに活用しよう(当時は土曜は休みではなかった)としたために、そんな習慣ができてしまったようだ。それと、もうちょっと突っ込んで考えてみれば、少なくとも私には、家の中で二人でいると些細な事柄で議論になったり喧嘩になったりしがちなのに、外部の出来事や物事に対しては共同戦線を張るのが常だったから、外に出ているときのほうが楽だ──という気持ちがあったのかもしれない」
著者はこのように云っているけれど、この夫婦関係はわりと多くのペアに当てはまる間柄のような気がする。わたくしごとになるが、ウチもたいがい、このようである。
この引用以外の場面でも、本書では、夫婦という"特殊"な間柄の他にはない性質をよく言い当てていて、それを嫌味なく、柔らかに描いているところが、この本を読むに値する、そして信ずるに値する夫婦の在り方の証左のようなものも示してくれているように思う。
そういうところも含めて、本書はわけても好著である。
ご一読をおすすめしたいところである。
プラス。
本書には著者・眉村卓の本職である、ショートショート作品も数編、収録されている。
なかでも個人的に好きなのが「古い硬貨」という作品だ。
出色の出来栄えだと思ったのだが、眉村自身は「この硬貨が作られた年代は、私と妻が付き合いだした頃、ということにしている。それがどうしたと言われればそれまでだが……。ああ、私は硬貨に文字を彫りつけたことはない。もしもそんなことをしていても、こんな具合に手元に戻ってくる確率は、極めて小さいだろう」とコメントしている。
これだけでご興味湧くかはわからないが、味わい深い、読む価値ありと個人的には推したい掌編なので、食指が反応した方がいらしたら、ぜひに手に取ってみてほしいところである。
ちなみに。
この作品に絡めて、現在ではおそらく硬貨を使う場面が極端に減っているのかもしれないから、ここに注意書きをしておこうと思うのだが、先日、わたしの妻が、亡くなった義母のタンスの中から出てきた大量の1円玉から500円硬貨までを銀行にもっていって両替しようとしたところ、結構な割合の手数料を取られることになったそうだ(つまり1円玉を千枚持っていっても 1,000円にならない!)。あるいは、一回の両替の数量を制限している銀行もあるそうで、難儀したようである。
情緒もへったくれもない注意喚起で恐れ入るが、この出来事に、夫婦で時代の移り変わりというものをしみじみと実感したものである。
追記:あとになって知ったのだが、本書は映画化もされているそうである。
率直に云って映画のほうにはまったく関心がなく、ましてや実写化したとて、本書の良さがどこまで伝わるのかと思ってしまったクチなので、ここでの映画情報は控えさせていただく。
それと、小説家・眉村卓の本職の方。
氏は多産の作家なので、どの作品から手をつけていいのかわからないという人のために、比較的入手しやすいと思われるおすすめを2冊挙げておく。
・眉村卓著、日下三蔵編『静かな終末』(竹書房文庫、2021年)
・眉村卓『職場、好きですか?』(双葉文庫、2013年)
SFならびにショートショートというジャンルにおいて、星新一というビッグ・ネームに隠れがちではあるが、眉村卓は目立たずとも確実に足跡を残してきた界隈の大家である。
シニカルといおうか、クスッと笑える乾いた持ち味の作風が個人的に好みで、たとえば未来人がタイムマシンのようなもので現代の美容院に団体でやってきて、おかしなヘア・スタイルにして帰っていく「髪型」という作品(『職場、好きですか?』所収)など、どことなく笑えて、なんとなく不可思議な、現実と非現実、日常と非日常の境界線を微妙かつ軽妙に攻めるところが、この作家の作風のように思う。
気軽に読める作品も多いので、ご興味がわいたら一度、手に取られてみてはいかがだろうか。
◾️ 書誌情報
出版社:新潮社 (2004/5/16)|発売日:2004/5/16|言語:日本語|新書:208ページ|ISBN-10:410610069X|ISBN-13:978-4106100697
▼ 目次・所収
毎日一話|闘病五年|一日一話その一「14 騒音吸収板」「101 作りものの夏」「224 古い硬貨」|新制中学|妻と私──初段、出好き、協力者|一日一話その二「808 ある書評」「1098 ダイラリン・その他」「1116 蝉になる」「1242 天からお札」「1347 降水時代」「1449 書斎」|俳句|一日一話その三「1563 土産物店の人形」「1577 兄貴のこと」「1592 秒読み」「1640 映画館の空き地」「1680 聞いて忘れて下さい」「1719 ウェルカム通り」「1752 夜中のタバコ」|非常と日常|一日一話の終わり「1775 話を読む」「1777 けさも書く」「1778 最終回」|少し長いあとがき|記録──1997〜2004年