粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【落語】ちはやふる

この噺に登場するご隠居は落語の世界での有名人で、なにが有名かというと、その「知ったかぶり」。

落語の世界で「ちはやふる」ということばは「知ったかぶり」と同義であるといえるほど、よく知られた名作です。

『ちはやふる』という題名はもちろん百人一首から取られたものですが、近年では競技かるたの世界を描いた漫画・アニメ・ドラマのほうでその表題が有名になっていますが、落語のほうではあいも変わらずのんびりとした横丁が舞台で、しかも笑い噺のご多聞に洩れず、長屋の住民とご隠居があることないこといいながら、毎度馬鹿馬鹿しい掛け合いをしております。

 

◾️ あらすじ

百人一首をしていた娘から「千早振る神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとは」の意味を聞かれて困った父親が、自称・物知りの横丁の隠居のところへ教えを乞いにやって来る。

じつは隠居のほうも知らないのだが、そんなことはおくびにも出さずに、知ったかぶりで「竜田川というのはお前さん、川の名だとお思いだろうが、これが大きなまちがいだよ。じつは昔の相撲とりの四股名(しこな)なんだね」として、噺は始まる。

 

「むかし、竜田川という人気の力士がいたんだ。そいつが吉原へ遊びに行ったんだね」

「力士が、遊郭へ、ですかい?」

「この竜田川がやたらと強かったんだ。親の反対を押し切ってまで江戸に出て、三年で大関になった。人気もさることながら、負けなしで、それで増長したんだね。それまでの女人禁断の誓いを解いて花の吉原に遊び出て、全盛の花魁・千早太夫にぞっこん惚れたというわけだ」

「へえ〜」

「ところが、「わちきは相撲取りはいやでありんす」と振られた。それで「千早振る」となる」

「なるほど。では、「神代を聞かず」というのは?」

「妹分の神代大夫に鞍替えを試みたんだね。けど、「姉さんが嫌というのなら、わちきも嫌でありんす」と聞かない。また振られたというわけだ。それで「神代も聞かず」だ」

「ほお〜」

「二人に振られて失意の竜田川は、すっかり腐って、酒に溺れ、あげく相撲も続かなくなったから、廃業して故郷へ帰ったんだ。そして豆腐屋を始めた」

「えっ? 力士が豆腐屋に? そんな馬鹿なことありますかい?  引退して年寄や親方になるんならともかく、豆腐屋ですかい?」

「まあ、最後まで聞きなさい。両親のやっていた豆腐屋をついだんだ。それから数年経ったあくる日、豆腐の仕込みをしていた竜田川の店の前にボロボロの着物を着た女乞食がやってきて、卯の花(おから)をめぐんでほしいといったんだ。ところが、その女の顔を見てびっくり! これがなんと、竜田川を振った千早のなれのはてだったんだ」

「え? 全盛の花魁がいきなり乞食になるもんなんですかい?」

「うるさいね。なったんだから、しょうがないじゃないか。人間、なろうと思えばなんにでもなれるんだよ! まあ、いい、兎に角だ。腹の立った竜田川は、おからをあげなかったんだね。それで「からくれない」だ」

「う〜ん、そうなんですかい?」

「そうだ。むかしのくやしさを思い出した竜田川は、女乞食の千早におからをやるどころか、突きとばして追い返す。千早のほうも、そこで豆腐屋が竜田川だと気づき驚いた。それで行く末を悲しんだ千早は、井戸に身投げしてしまったんだね。それで「水くぐる(潜る)」となるわけだな。はい、これでおしまい」

「う〜ん、おかしいなぁ?」

「なんだい、どこが不満なんだい」

「水くぐるんなら、水くぐるで〆りゃいいでしょ。最後の「とは」ってぇのはなんなんです? 「とは」とは?」

「「とは」ぐらい、まけときなさいよ」

「まかんないよ!「とは」ってぇのはなんなんです?」

「「とわ」は千早の本名だ」

 

◾️ 落語のことば補説

▼ 百人一首

百人の歌人の作品を一首ずつ採録した歌集。『新古今集』の撰者・藤原定家が、京都嵯峨の小倉山の山荘で文暦二年(一二三五年)に撰定した、いわゆる『小倉百人一首』がもっともよく知られ、後進の和歌・連歌・狂歌・川柳や、文芸・音曲・舞踊・演劇の題材に用いられ、広く普及した。

戦前までは正月の遊戯・歌かるたとして庶民のあいだでも人気を博したが、現在でも競技かるたとしていまなお盛んである。

▼ 千早振る神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとは/在原中将業平朝臣

現代語訳としては「神々の時代にもこんなことは聞かなかった。竜田川に落ちた紅葉が川全体を紅色に染めて、まるで絞り染めのようにしている」という意味になる。

落語の題名にもなった肝心の「ちはやぶる」は、続く「神代」にかかる枕詞で、川の流れの勢いの激しさ、早さをあらわす。ちなみに読みは「チハヤブル」が本来だが、俗には「フル」とも発音し、それがこの噺のなかのご隠居の迷説の根拠になるわけだから、落語においては「ふる」と俗に読むべきだろう。

関取の四股名ではない「竜田川」は、現在の奈良県生駒郡にある竜田山のほとりを流れる川のこと。いまなお紅葉の名所だそうだ。なお本家の和歌のほうでも、この竜田川は擬人法で表現されているということで、ご隠居の解釈がかすめているのがなんとなく笑いを誘う。

詠人の在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)は平安時代の歌人で、六歌仙、三十六歌仙の一人。皇孫でありながら自由奔放、容姿端麗、かつ情熱的なプレイボーイだったといわれ、『伊勢物語』の主人公のモデルだともいわれている。クレオパトラや楊貴妃とともに世界三大美女として有名な歌人、あの小野小町と恋人だったという説も。竜田川のように女性から振られることはなかったであろう御仁である。

▼ 妹女郎

この噺のなかで千早が振ったのにならって竜田川の望みを聞かなかった"神代"は妹女郎と呼ばれているが、これは花魁に二人以上の馴染み客が重なった場合、姉女郎の名代(代理)をつとめる新造のことを指す。またこの場合の新造とは、花魁と客の世話をする番頭新造(略して番新)ではなく、花魁の後輩格の振袖新造(ふりそでしんぞ)のことである。

名代座敷で客の相手をするが、建前では同衾の交接は禁物となっている。妹女郎をあてがわれた客のほうにしてみれば、揚げ代は目当ての女郎と同額とられるのだから内心おもしろくなく、しかもやせ我慢で粋客を気取らなければならないのだから、妓楼遊びもなかなかどうして楽ではないというわけである。

 

◾️ 鑑賞どころ私見

いくつになっても学ぶことはあるようで、個人的にまったくもって不覚にも不勉強だったのだが、「二次創作」なるものを最近知った次第である。

いわゆる小説や漫画、アニメ、映画など、既存の作品で描かれた設定・世界観をそのまま流用して、作者以外の別人が異なるエピソードをつくり出すというジャンルだそうである。

思い入れの強い作品に出会ったときに、人によってはこの"二次創作欲求"というものが涌いてくるようで、原作者が完結させた作品を再開させたり、サイドやアナザー・ストーリーを考えたり、スピンオフ話を勝手に再生産するそうである。

個人的に痛いほどよくわかるのは、面白かった作品の続きがもう読めない、観れないのかと知ったときの残念さをかつて噛み締めたこともあるので、他人のふんどしで角力をとるとはいえ、その欲求は理解できなくもないのだが、今回紹介した落語ネタは、この「二次創作」のきわめつけともいえるバカっぱなしといえよう。

しかも、このご隠居、うっかり物知り顔をしたために、ある種、泣く泣く、イヤイヤ、二次創作するハメにおちいり、ヒイヒイいいながら、苦しまぎれの大汗をかくというだけでも面白いのに、その徹底的なコジツケぶりが逆に、むしろ奇妙な説得力が出てしまうというところに、なおいっそうの笑いを誘うのである。

それにしても即興でこれだけの二次創作をやってのけ、しかも第三者(聴衆)の笑いまで掻っ攫っていくとは、このご隠居、まさに長屋の隠れたる天才にして、そんじょそこらの物書きなど足許にも及ばない逸材といえるだろう。

このフィクション造作能力はなかなかに瞠目すべきものといえる。

知ったかぶりというやらかしは、本来、他人にとって鼻につくものだが、このご隠居のように意固地になった場合、むしろ、どこか可愛げがわく。

なにせ絶対に「知らない」とはいわず、聞かれたことになんとか理屈をこじつけて説明し倒し、挙げ句の果てには創作を楽しんでいるようにさえみえるからである。

そして、この掛け合いは知的遊戯として案外と奥が深く、だから、達者な口演でなければ成立しない噺であるといえるかもしれない。

この演目の戦後随一の名高座は五代目柳家小さんで、その話芸の真髄を聴かせてくれたそうである。

十代目柳家小三治はその基本を踏襲しながら、いっそうの笑いを煽る演出で凝っており、ぜひにご一聴、おすすめしたいところである。

 

◾️ YouTube 視聴

[2026年5月現在、視聴可能な動画となります]

▼ 映像あり

・柳家小三治[十代目]:https://www.youtube.com/watch?v=bRLHdd0J2wY

                                        https://www.youtube.com/watch?v=i7n8p57hGHw

                                        https://www.youtube.com/watch?v=nTJ-1oh7dDA

                                        *3分割されているようです

・三遊亭小遊三[二代目]:https://www.youtube.com/watch?v=S_VhMZrAGNc

▼ 音声のみ

・柳家小さん[五代目]:https://www.youtube.com/watch?v=Tb4RjGap85c

・柳家小三治[十代目]:https://www.youtube.com/watch?v=iC_l-wdlsQ0

・入船亭扇橋[九代目]:https://www.youtube.com/watch?v=4Ychb8MaONY

 

◾️ 参照文献

・矢野誠一『落語手帖』(講談社+α文庫、1994年)

・京須偕充『落語名作200席(上・下)』(角川文庫、2014年)

・榎本滋民 著、京須偕充 編『落語ことば・事柄辞典』(角川文庫、2017年)

・立川志の輔 選/監修、PHP研究所 編『滑稽・人情・艶笑・怪談古典落語100席』(PHP文庫、1997年)