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【読書】ビジネス啓発書、わたしのこの1冊──『今ここに集中すれば、人生はうまくいく!』(トーマス・M・スターナー)

今回、当ブログの読書案内としてはこれまでタッチすることのなかったビジネス啓発書のジャンルのなかから、推しのこの一冊として、トーマス・M・スターナー著、茂木健一郎訳『今ここに集中すれば、人生はうまくいく!』(PHP研究所、2013年)という本をご紹介します。

山積みされた類書タイトルのなかから引っぱり出してきた、それだけの強度を持ち合わせた隠れ名著とでも云わせてもらいたい一冊で、仕事のノウハウにとどまらず、生活全般において何事かに取り組む際の汎用性の高いマインドセット法を提示してくれる本でもあります。

ビジネス書のたぐいは読み飽きたよと思っている方、あるいは、それでも少々ケの色かわった自己啓発書を読みたいかもと思っている方にはドンピシャな一冊になるかもしれない、それだけのポテンシャルを秘めた本として、おすすめ致したく思います。

 

 

◾️ 出版社紹介文

プロのジャズピアニスト・ピアノ調律師として活躍する著者は、若い頃は色々なことに興味を持って熱中するものの、すぐ情熱を失ってしまう性格でした。そして、決意したことを成し遂げられない自分を責めて、つねに自己嫌悪に陥っていました。

その後、音楽の道を志し、努力の末にプロとして独り立ちすると、自分の中である変化が起こったことに気づきます。イライラや不安といった感情に振り回されることなく、目指すものに向かって淡々と進めるようになっていたのです。

そのプロセスに没頭している時、心はとても穏やかだということ、が大切であることにも気づきました。この力を身につければ、苛立ちや自己嫌悪といったマイナス感情に悩まされず、心穏やかに人生における成功がもたらされるというのです。本書は、その知恵と方法をやさしく伝授します。

 

◾️ 読みどころ私見

いっとき自己啓発書の類にハマり、仕事術から財テク等まで、ビジネス書というジャンルの沼で濫読を繰り返す、という人は案外と多いのではないだろうか。

この手の本というのは、まあ、身も蓋もない言い方をさせてもらえば、実践や成果うんぬんはおいといて、書かれている内容自体がわりと耳ざわりのいいものばかりだから、読めばいっときのカタルシスを得やすいジャンルだともいえる。

かくいう筆者も、社会人になってから幾度か、そういう濫読の機会があったので、書店に行くと啓発本、ビジネス書コーナーをなんとなくのぞいてしまったりするのである。

そして、たいてい場合、懲りずに宣伝文句に釣られてまたぞろ読み出すのが関の山で、それではたして読んだ内容がこれまでに身についているのかどうかは、はなはだ心許ないかぎりである。

ところで、一度でもこのジャンルに耽溺して、しかも繰り返し沼にハマったことのある読者ならばわかると思うのだが、百花繚乱のタイトルがあれど、煎じ詰めればどの本もだいたい同じような内容が書かれていると露見するのがこのジャンルの"あるある"ではなかろうか。

というのも、いっとき離れて、しばらくして戻って新刊群を手に取ってみると、「あれ、この内容、前にどこかで読んだな」ということがわりとあったりするのである。

もっともそれは、とくだんそれらの書き手を責めているわけではなく、仕事のノウハウや人生をうまく舵取りするコツというものは、だいたい似通ったマインドセットを擁している、ということの証左なのかもしれない。

もしくはこれをステレオタイプというのならば、新刊本のコーナーに判で押したような類似書が累積するのは、先行書の言論を再録し、手を替え品を替え上書きして、敷衍させているだけ販売戦略なのかもしれないが、それに釣られるのは諸人の勝手なのである。

と、まあ、それはそれとして。

これまで三十余年、そんなこんなで個人的に読んでは離れ、読んでは遠ざかりを繰り返してきた自己啓発・ビジネス書群ではあるのだが、そんな群雄割拠のジャンルのなかにあって、それでも私的な読書遍歴を生き残った、そんな強度をもつ推しの一冊というのもあって、今回は、それをご紹介させていただきたいのである。

トーマス・M・スターナー著、茂木健一郎訳『いまここに集中すれば、人生はうまくいく!』(PHP、2013年)という本である。

現在でも折をみて読み返す、自分にしてみればこのジャンルで稀有の一冊ということになるのだが、贔屓目で言わせてもらって、正直、この手の啓発ノウハウ本としては隠れた名著であると断言させてもらいたい。

著者もこれまた、この手のビジネス書を著するには異色の肩書きの持ち主であるため(なんと、ピアノの調律師をやっている御仁だそうだ)、類書の山に埋もれがちな立ち位置にあるともいえるのだが、もう、およそ十年も前の発刊となっても、内容に色褪せるところはまったくなく、仕事ばかりでなく実生活のあらゆる場面で役立つ、ある種の精神修養術とでも呼べるべきノウハウが書かれている本なのである。

タイトルにもあるとおり、「いま、ここ」に集中することの意義とそういうメンタルにもっていくための心の技法が本書の要旨となるわけだが、わっかちゃいるけれどなかなかどうしてむずかしい、この難儀なマインドセットに至るためのプロセスを、懇切丁寧に、いくつもの事例を滔々と挙げて諭してくれている。そんな啓発本である。

本書の魅力をあえて、ざっくばらんに言わせてもらえば、たとえば仕事でも趣味でもなんでも、没頭・没入できればそりゃあ、なんだってうまくいくよ、でもわかっちゃいるけれど、なかなかそれができないんだな、これが、それができれば世話ないよ、とお思いの方がいるならば、そこのところの霧が晴れる、そんな意味で、一読をおすすめしたい内容となっている。

ちなみに本書の訳者は脳科学者の茂木健一郎氏である。

この訳文もわるくなく、同類の翻訳書と比べてもたいへん読みやすいのではないだろうか。

たとえば、こんな感じである。

「ここで、きみがこれまでの人生でマスターしてきたことについて、ちょっと考えてみてほしい。歩くこと、靴紐を結ぶこと、貯金すること、子どもを育てること━━どれも、繰り返しによってできるようになったことだろう。要するに、練習というものを、何度も積み重ねてできるようになったということだ。こんなことを練習だと思ってやっている人は、ほとんどいないと思うけれど、できるようになったということは、練習の成果が出たということだ。「できるようにならなければ!」と意気込みすぎてストレスを感じたり、「いつ達成できるんだろう?」と思い悩んだりすることなく、成果を出しているということなんだ。これが、僕たちが本来やるべき「練習」だ。こんなふうに物事に取り組めば、今、自分は難しいことをやっているという感覚がなくなる。そして、ここがとても重要な点だけれど、このような「練習」をしているうちに、そのプロセス自体が、心落ち着く時間となるんだ。ここまでくれば、「やるべきことができていない」という負の感情から解放される。プロセスとしっかり向き合い、そこに集中すれば、人生をより楽しめるということだ」

 

この本で著者は「練習」ということばを意識的に使っていて、重きをおいている。

これが本書に特徴的な部分でもあって、それこそ、「練習こそが人生そのものだ」とも取れる意味合いをもたせているのである(ちなみに原題は Tne Practicing Mind である)。

練習というと、スポーツや楽器などの練習などを連想されると思うが、それだけではなく、「練習」というものを仕事や生活全般の諸活動にも当てはめて考えるということをやっていて、たとえば仕事で営業職の新人が経験もないところから得意先や新規顧客の元をまわり、次第に職務諸般に対して熟達していく過程も「練習」ととらえて、そこに絡むさまざまなノウハウと実例とを開示していくといったスタイルをとっているのである。

これがけっこう効果的であると個人的には実感しているのだが、やることなすことを万事を「練習」ととらえることは、なんらかの物事に取り組む際に心に抱きがちな抵抗感やハードルを低くできて、精神衛生上、良好な効果をもたらしてくれるものだと思う。

ゆえに、かなり実行力のあるマインドセット法だと個人的には思っているのだが、他にもまた、こうも言っている。

「本来すべき「練習」をしようと思ったら、意志を持って、丹念にプロセスに取り組み続けなければならない。そして、本当にそれができているかどうかに、意識を向けることが大切だ。(中略)だから、今ここに集中するためには、少なくとも一時的に、目標へのこだわりを捨てなければならない。そうしないと、目標に気を取られて、今に集中できなくなるからだ」

 

本書はまた、この引用のように、無意識のうちに植え付けられている「結果に重きを置く思考」や「簡単に満足したい気持ち」を手放すことがなによりも重要だと繰り返し力説しているのだが、ここいらへんもまた、自身にさらに響いたポイントである。

いわゆる"プロセス思考"をススメるのが本書の主旨となるわけだが、他にもこんなことを言っている。

「ランナーが、新記録を出した──それから? 次の目標は? ピアニストが、難曲を初めて間違えずに弾いた──それから? 次はどの曲を? ゴルファーが、スコア九〇を切った──それから? 次はどこを目指す? 起業家が、初めて一億円の売り上げをあげた──それから? 次は何をする? これが理想だと思っていても、あっという間に新しい理想が現れるんだ。より早いタイム、より難しい曲、より少ないスコア、より多いお金……。問題は、この「理想」というものが、だいたいは非現実的で、実現不可能なものだということ。そして、ほとんどの場合、真の幸福とはあまり関係がない」

 

「僕たちが今ここに集中する理由は、ものや社会的地位からは得られない幸福感を手にするためなんだ。そうやって手にしたものは、時間がたってもなくならないし、いつもそれを感じることができる。そして、完全に自分のものだと言える、唯一のものになるだろう」

 

結果よりもプロセスが大事、というのはよく聞くけど、まあ、人というのはそんなことを言いながらも万事結果が気になってしょうがないものだし、それに引きづられやすかったりする。

プロセスに集中しようといくら心を砕いてみても、結果が伴わなければ意味あるのかと思いがちだし、プロセスの最中でも結果に飛びついてしまって、プロセスをないがしろにするということだってままある。

が、筆者は徹頭徹尾、プロセス重視の立場を貫くのだ。

つまり「いま、ここ」に集中しろと説き続ける。

「苛立ちは、「今ここ」に意識がないときに出てくる最初の兆候のひとつ。自分が今やっていることに集中しておらず、目の前のプロセスに没頭していない、ということだ。今このときに意識を向け続けるのは、本当に難しい。僕たちの意識は常に今ここから離れて、どこかへ彷徨い込む。(中略)忍耐力を身につけるには、まず、心の中のやかましいおしゃべりに引きずり込まれていることに気づかなければならない。これが第一のステップだ。(中略)次に、第二のステップは、どんなことにおいても「完璧」というゴールは存在しないということを理解し、それを受け入れること。(中略)本当に大切なのは、僕たちが「無限に成長していく」という事実を受け入れること。それがわかってくると、僕たちは、真の忍耐力を身につけることになる」

 

「プロセスに集中していれば、自然と進歩することになる。「今ここ」に集中していれば、目指すものは向こうから近づいてくるんだ。だけど、目標に絶えず意識を向けていると、目指すものがこちらに近づいてきている、という感覚を持つことは難しいだろう。目標と現状とを絶えず見比べ、「たどり着いていない」ということばかり考えてしまうんだからね。目標の確認なんて、たまにするだけでいいんだ。目標はあくまでも、きみをしかるべき方向に導く舵だと考えよう」

 

「成果へのこだわりを手放し、ゴールに向かって努力し続けること自体を重視するようになれば、おのずと我慢強くなる。忍耐力を発揮するということが、あたりまえのことになり、「忍耐強くならなければ」という感覚がなくなるんだ。(中略)今までは、曲を間違えずに弾けるようにならない限り、満足せず、達成感もなかっただろう。弾き間違えたり、思いどおりに弾けなかったりしたら、そのたびに「目標を達成できていない」ということを確認する羽目になっていた。でもきみの目指すものが、「その曲を練習すること」になったら? 焦りはなくなり、練習している限り、きみは目標を達成しているという満足感を得ることになる。弾き間違いは、正しい音を弾けるようになるためのプロセスの一部にすぎない。演奏能力を評価する「ものさし」にはならないんだ。演奏しているその一瞬一瞬に、きみは新しいことを学び、今までは持っていなかった能力や知識を得ている。それは、ほかの曲を弾くときにも役立つんだ。音楽に対する理解は深まり、きみはさらに多くのことを学んでいくだろう。しかも、このプロセスでは、苛立ちや不満は感じない。ほんの少し違った方向から見るだけで、これだけ世界が変わるんだ。これ以上の何が望めるだろう!」

 

この一貫した姿勢こそが本書を他と区別する潔い独自性であり、本書の魅力でもあると個人的に買っている点である。

また、以上の引用に共通していて、一読して気づかれた方もおられるかと思うが、著者の考えのベースには随所に仏教や東洋思想の考えが取り込まれていて、ここいらへんもなかなかどうして唸らされるところでもある。説得の信頼度も増そうというものだ。

そして、実用性という点でも、本書は簡潔にして必要十分な教唆を示している。

これまで何タイトルものビジネス書を読み捨て、読み捨て、ほんとうに書かれていた内容が身についたのかと訝しんでいる本書紹介者が、この本を読んだことによって、これだけは本当に身につき、役に立ったというノウハウがある。

それが本書掲載の「4Sテクニック」である(まあ、類書にも似たようなノウハウが載っていたと以前に会社の同僚から聞いたこともあるが、それはご愛嬌ということで……)。

詳しく知りたいという方は是非に一読をおすすめしたいのだが、ざっとこのテクに触れておくと、この「4S」とは「Simplify シンプルに捉える」「Small 小さく分ける」「Short 短く区切る」「Slow ゆっくりと行う」の頭文字のことで、これはつまり、どんなことでもいい、何か物事に取り組もうという際に意識したい標榜のようなものである。

たとえば上司からのむちゃぶりで、重要案件と称して顧客へのプレゼン仕事を任されたとする。

まず、上司がいくつかの盛り気味のプレッシャーをかけてきわけだが、結局、要するにいつもとかわらないプレゼンやるだけだろと発想するのが「シンプルのS」。

ざっと見、資料の準備や見積り計算など仕事量的にボリュームは出そうだが、これを小分けにして、これならこのくらいの行程で終わるなと把握するのが「スモールのS」。

それぞれの行程で、今日はここからここまで区切って進めようとするのが「ショートのS」。

そして、4Sのなかでいちばん大事だと思うのが最後の「スローのS」なのだが、個人的な経験を踏まえて言わせてもらうと、忙しいとき、時間に追われているときほど"あえてゆっくりやろうとする"、それこそ意識して動作もわざとゆったりさせるようにして、悠々と仕事に取り組むと、不思議と目の前のことに集中できて、能率が上がり、作業もはかどるのだ。

といった具合で、このノウハウには事あるごとにほんとうにお世話になったし、4Sのおかげでピンチを切り抜けたことも数え知れず、いまでもよく使う、身をもって効果を実感した行動原則なので、多くの人にぜひとも共有していただきたい思いもつのる処世術なのである。

とはいえ、まあ、この手の処世術には人それぞれ合う合わないもあるだろうし、あるいは自分にとっての本書との付き合いと一緒で、そのような個人的教書というものを別に持ちあわせておられる方もいらっしゃるだろうから、自分の場合はこの本との相性が良かったというのが正確なところなのかもしれない。

が、そうであっても、本書には表題にあるとおりの一貫性があって、よくまとまった内容だし、類書も多いなかで、きっちりと独自性あるスタンスをとっているのがわかる作りになっているので、おすすめしたいところではある。

ともすれ、こういう座右の書というか、自分とともに併走してくれるような本があるというのは心強いことこのうえない、ということは、まあ、わかっていただきたいのである。

 

◾️ 書誌情報

出版社:PHP研究所|発売日:2013/7/17|言語:日本語|単行本(ソフトカバー):222ページ|ISBN-10:4569813194|ISBN-13:978-4569813196

▼ 目次・所収

第1章 「今ここ」のプロセスに集中しよう!|第2章 結果や目標をいったん手放す|第3章 完璧をめざすのは、もうやめよう!|第4章 望ましい習慣を自分で選択する|第5章 すべては終わりのないプロセスである|第6章 「四つのS」というテクニックを使いこなす|第7章 「DOC」で驚きと発見に満ちた人生へ|第8章 子どもは、今この瞬間を生きている|終章 心穏やかで、充実した人生のために