粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【読書】「老後の不安」のほんとうの意味を知る──『お金の不安という幻想』(田内学)

昨今の物価高騰や円安等についてはやはり、経済に不勉強な素人でも、そもそもこの日本経済の現況はいかなるものなのかという疑問は尽きず、この先ほんとうに大丈夫なのかと不安もつのるものだと思います。

最近では若い世代のあいだですらも「老後の不安」を懸念する向きもあるようで(この裏返しとでも云うべき関心のあらわれが、ついこのあいだ流行っていた「FIRE」なのかもしれない)、いわんや老後を目前にする世代にしてみれば、どうしても定年後の生活資金をいかほど準備すればいいのかなどという話題に耳目が寄せられてしまうわけであります。

しかしながら最近、この「老後の不安」に一石を投じるような本にめぐり逢ったのでご紹介したい。

田内学『お金の不安という幻想』(朝日新聞出版、2025年)という本です。

タイトルにあるとおり、この本では「老後の不安=お金の不安」は"幻想"だといっている。

では、その内実とはいかなるものなのか?

この問いに少しでも反応された方には是非に読んでいただきたい、この本がかなり説得力のある本だということは、ここに請け負っておきます。

 

 

◾️ 出版社紹介文

「お金さえあれば不安は消える」──そんな幻想に、私たちはいつからとらわれてしまったのか。人口減少、物価高、老後資金……先の見えない時代で必要なのは、不安の正体を見きわめ、社会と向き合う視点だ。ともに生き延びるための生存戦略を描こう。

「老後が不安」と投資に走る大学生。「ママよりも年収の高いパパが偉い」と信じる小学生。膨らむ“お金の不安”の裏でこれから何が起きるか、あなたは気づいていますか? 労働と投資、どちらが報われる? お金以外に頼れるものは?どうすれば仕事を減らせる? などの8つの問いから、不安を希望に変える生存戦略を描く。

 

◾️ 読みどころ私見

昨今の物価高騰や円安等についてはだれしも、やはり、この先ほんとうに大丈夫なのかと答えを求めたくもなる現況であることは確かだろう。

生活ベースの買い物ですら支出が嵩むのであれば、どうあっても先行きの不安というものは拭えないし、あるいはまた「老後資金2000万円」といわれていたその額も、諸説入り乱れて3000万、4000万と上昇せんばかりに世間では喧伝されているようで、このご時勢でそんな額をどうやって準備すればよいのかと暗澹たる思いがつのるわけである。

給料の額が多少なりとも上がる方向だと言いくるめられている? とはいえ、昭和と平成の所得感覚で生活する世代としては、それでほんとうに丸く収まるのだろうかといぶかしんでしまう。

と、そんな不安を拗らせている最近、ふらりと立ち寄った書店で見つけて、ちょいとひっかかったタイトルの、田内学『お金の不安という幻想』(朝日新聞出版、2025年)を今回は紹介してみたい。

ビジネス関連書籍のコーナーで手にしたのだが、この本、これまで読んだ類書にはない魅力といおうか、"真っ当な"おもしろさがあって、個人的にたいへんタメになった次第である。

さらには、立て続けに同著者の先発書、田内学『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社、2023年)、田内学『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社、2021年)も購入して通読してみたので、それも合わせて紹介してみたい。

 

まずは本書のタイトルにあるとおり、昨今、拗らせ気味のこの「お金の不安」というものが、著者をして"幻想"と云わしめているわけだが、最初にこの表題の意味を明らかにさせておくと、われわれがこの「不安」を抱く先がじつは見当違いだと著者は主張しているのである。

どういうことなのか、以下にかいつまんで引用しておこう。

 

「(たとえば)老後資金問題の本質は、実はお金の不足ではなく、「労働力不足」という社会全体の課題にある」

 

「お金が価値を持つためには、「働いてくれる誰か」が必要だ(中略)いくらお金があっても、働く人がいなければ、暖房も食事も手に入らない」

 

「リクルートワークス研究所が 2023年に発表した「未来予測 2040」は衝撃的な未来を描いている。2040年の日本では約 1100万人もの労働者が不足すると予測されているのだ。(中略)「労働者としての私たち」にとっては、朗報かもしれない。労働力が希少になれば、(中略)賃金は上昇する。(中略)だが、「生活者としての私たち」は、手放しでは喜べない。賃金上昇は、物価上昇も招く。そして何より、(中略)2040年には生活の基盤そのものが崩れているかもしれない(中略)農業を担う人は 2020年対比で7割も減り、農作物の価格は高騰。空き家は増えても、大工は6割減少してリフォームも進まず、道路や橋の 75%が老朽化し、あちこちで通行止めが相次ぐ可能性がある(中略)地方によっては配送が完全に止まったり、救急搬送されても受け入れてもらえなかたりする地域も出てくる。31の道府県では、生活維持サービスの4分の1を我慢しなければならないと予測されている。地域間の格差は一気に拡大するだろう。介護や医療も慢性的に人手不足になり、お金を出せる人だけがサービスを利用できる社会になるかもしれない」

 

「お金がいくらあっても、介護を担う人がいなければ高齢者を支えられない。それは介護に限らず私たちの暮らし全般に関わる問題だ。蛇口から水が出るのも、クリック一つで本が届くのも、どこかで誰かが働いているおかげだ。(中略)社会を支えているのはお金ではなく、一人ひとりの働きだ。(中略)働く人が減れば、モノやサービスの供給が衰える。(中略)物価が跳ね上がり、貨幣の価値は目減りする。これが「インフレ」の正体だ。だから、やみくもにお金を増やす努力だけをしても、根本的な解決にならない。本当に必要なものは、生産力そのものの底上げをすることだ」

 

「「老後の不安」は、個人の資産形成で解決する問題ではなく、人口構造という国全体で取り組むべき問題だった。それがいつしか「個人のお金の不安」にすり替えられてしまった。少子化や人手不足への対応は後回しにされ、「資産運用で安心を手に入れよう」というメッセージばかりが社会をおおう。そして、いつの間にか「お金さえ貯めれば老後は安心」という価値観が定着した。(中略)だから僕は、「お金の不安」という言葉に強い幻想を感じるのだ。「幻想だから、お金を貯めなくていい」と言いたいのではない。そうではなく、「お金さえあれば大丈夫」という幻想に、私たちは振り回されすぎてはいないだろうか。私たちが直面しているのは、お金だけでは解決できない現実だ。それなのに、GDPや株価といったお金の話ばかりが経済の中心で語られる。少子化や人手不足といった現実的な危機が置き去りにされている」

 

つまりは、実態として将来の「お金にまつわる不安」は依然として残るが、その矛先を個人の収支が減る・増えないという問題に向けるのではなく、少子化と人口減少によって労働力が減ってしまう問題へと向けるべきだというのが著者の云わんとしているところなわけである。

本書を手に取った当初、わたしはあわく期待して、勘違いしていたのだが、「お金の不安」というものを幻想にすぎないとして払拭できるわけではない、ということに留意しなければならない。

著者は、上記引用にあるとおり、個人の所得をがんばって増やしたところで、社会全体の労働力が減衰してモノの供給やサービスの提供が減っていけば、いくらお金を稼いだところで現状の生活水準を維持することはできない、としているのである。

つまり、現在抱えているその漠たる「お金の不安」というものを、将来にモノや社会的サービスが行き渡らなくなるかもしれないほどの「労働力が減ってしまう不安」のほうへと振り向けるべきだ、としているわけだ。

ということで、繰り返しになるが、本書を読むことで、先にわたしが勘違いした類の「お金にまつわる不安」が解消されるということではないので注意されたい。

と、まあ、そういうわけで、著者の主張に寄って立てば、たしかにこの不安の解像度を上げなければ、無意味に老後資金を荒稼ぎせんとする本末転倒におちいることは想像にかたくない。

そしてまた、このような問題の本質から目を逸らすわけにはいかないだろう。

著者はこうも云っている。

 

「「お金さえ回せば経済はよくなる」という常識は、ヒトもモノも無限に存在するという前提に立った、旧世界の幻想にすぎない。この古い価値観に、私たちは終止符を打たなければならないだろう」

 

「大人になった私たちは、いつの間にか「お金」を中心に世界を見るようになってしまった。少子高齢化が進み、支える側が減っている現実を前にしても、ぼんやりと「お金さえあれば、なんとかなる」と信じている。いつしか「お金さえあれば、ひとりでも生きていける」と錯覚し、そのせいで「お金の不安」を大きくふくらませてしまった。人の役に立つ喜びや新たなことへ挑戦する勇気よりも、お金を増やす焦りばかりが先走るようになった。そして、「お金の不安」という言葉には、個人だけではどうしようもない、社会全体の課題まで詰め込まれている。ひとりで抱えるには重すぎる。だからこそ、みんなで考え、動いていく必要がある」

 

耳の痛い話であり、そしてさし迫る現実がそこにあるわけだ。

上記の著者の引用に少しでも心動かされた方がおられるのならば、ぜひに手に取ってご一読することをおすすめする。

現況の解説だけにとどまらず、未来への提言も随所に散見されるので、とても考えさせる内容となっている。

また、本書は同著者の先発書、田内学『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社、2021年)をよりブラッシュアップないしアップデートさせた内容とも受け取られるので、こちらもあわせて読まれると理解も深まるだろう。

 

 

こちらのほうは「経済のことを自分の頭で考える」ということを主眼に据えた論調になっているので、本書とは違った表情ではあるが、その訴えるところは一貫している。

こちらからも少々、引用しておこう。

 

「お金にできることは、労働の配分とモノの配分でしかない。お金を増やしても、労働不足もモノ不足も解決できない。僕たちが直面している年金問題も、労働不足、モノ不足の問題が絡んでいる。根本的な原因は、高齢者が増加し、現役世代と呼ばれる働く人の割合が減少することにある。現役世代が減少すると、生産力も減っていく。必要なモノが手に入らず、生活できなくて困る人が出てくる。このとき、高齢者が受け取る年金が不足しているとしよう。必要なモノが手に入らなくて困っているのは、お金が不足している高齢者だ。では、政府にお金を出してもらえばいいのだろうか。残念ながら、政府ができるのは「困る人を変えること」でしかないのだ。たとえば、現役世代に重い税負担を課して、高齢者に十分な年金を支払う。高齢者は生活できるが、現役世代が生活できなくなる。困る人が現役世代に変わるだけだ。国債の発行などで、現役世代も高齢者も十分なお金を手にすることができたらどうか。やはり、国全体のモノ不足は解消されない。お金が増えてもモノが生産されるわけではないからだ。物の価格が上がり、みんなに十分な物が行き渡らなくなり、全員が少しずつ我慢することになる。国全体の生産力が落ちてから気づいても、年金問題は解決できなさそうだ。未来を変えるために、今の僕たちにできることを考えないといけない」[田内学『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社、2021年)]

 

また、同著者の「これからの日本経済」や未来への提言の部分については、田内学『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社、2023年)のほうを読んだほうがいいかもしれない。

こちらの本は小説形式で読みやすく、若い人向けの売り出し方にはなっているが、世代を問わず考えさせる内容となっている。

こちらもおすすめしておきたい。

 

 

それにしても三冊を通読して真っ先に感じたことは、以前であれば、ことさらカネに執着はしていないけれども、"ないよりは、あったほうがいい"程度に思っていたものが、これらの読後に、それが揺らいだ心持ちがしたものである。

そして最後に、「カネにではなく、ヒトの働きにこそ価値がある」というのは、本書を読めばたしかに腑に落ちるということは、ここで強調しておきたく思う。

 

◾️ 書誌情報

出版社:朝日新聞出版|発売日:2025/10/7|言語:日本語|本の長さ:256ページ|ISBN-10:4022520841|ISBN-13:978-4022520845

▼ 目次・所収

はじめに── どうして、お金の不安が増えるのか?

誰もが抱えるお金の不安|作り出される孤独|不安のカタチは変わってきた|社会を物語のように俯瞰してみる|子どもたちの問いが教えてくれたこと|8つの問い、4つの行動

第一部 整理する──「外」に侵されない「内」の軸

第1話 その不安は誰かのビジネス──焦りを生む空気からどう抜け出すのか?

増幅される「時間の焦り」|価値観を試す「メロンジュース」の問い|「欲しい」から「買わされる」へ|カネも不安も売る時代|「価格」より「価値」を優先する生き方|「焼きうどん」が教えてくれたこと|その不安は、あなたのものか|コラム1 不安連鎖社会を断ち切るために

第2話 投資とギャンブルの境界線──成功者を真似てもなぜうまくいかないのか?

「みんな儲かっている」の正体|誰も教えない「儲けのレシピ」|「100億男」の末路と教訓|儲けたお金は誰の財布から?|健全な投資とギャンブルの見分け方|なぜ努力は報われなくなったのか|コラム2 「知らないと損する投資術」は存在しない

第二部 支度する──「内」に蓄える資産

第3話 「会社に守られる」という幻想──労働と投資、報われるのはどちらか?

「投資をがんばった方がいい」という誤解|あなたをめぐる人材争奪戦|AIに負けないための「観察力」|「会社に守られる」という幻想|支えるのは会社か社員か|「稼ぐ力」の磨き方──仕事から「為事」へ

第4話 愛と仲間とお金の勢力図──お金以外の何に頼ればいいのか?

カレーに宿る愛と利己心|「選べない村社会」から「選べる仲間」へ|「必ず6を出せる男」の愛され力|共感を生む「自分の不安」|「不安」と「ゴール」の共有戦略

第三部 直視する──変えられない「外」の現実

第5話 「あなたのせい」にされた人口問題──なぜ「稼ぐ人が偉い」と思われるのか?

現代版アリとキリギリス|「老後の安心」を奪い合う日|バスが来ない、先生もいない|暮らしが壊れる「1100万人の働き手不足」|「1円も稼がないこと」の価値|値上げされた100円は、どこへ消えた?|

円安と日本が失った「力」|お金の不安という幻想|コラム3 「ドルを稼ぎ、土地を失う」外貨投資の副作用

第6話 「お金さえあれば」の終焉──いつまでお金に支配されるのか?

命を奪う「モノ不足」の恐怖|700年ぶりの人口危機──ヒトが制約になる時代へ|「ヒトの制約」を管理する人|ヒトよりカネを優先する構造|経済を回せない巨大ピラミッドの罠|もったいないのは何か?

第四部 協力する──「内」から「外」を動かす可能性

第7話 「仕事を奪う」が投資の出発点──どうすれば仕事を減らせるのか?

「シイタケ」で読み解く給料アップの秘密|仕事が減るほど豊かになる理由|銀行が隠す「お金が眠る」カラクリ|「投資される側」になる勇気|「守る」ことで失った30年|「奪い合い」と「分かち合い」の選択

第8話 「子どもの絶望」に見えた希望──〝大人〞の常識はこれからも通用するのか?

「最近の若者」の正体|歴史を変える非常識な挑戦|「出る杭」が打たれない条件|あなたが社会を変える可能性|危機感という希望