前回の語呂つながりで、今回はさらっと、『ぞろぞろ』というお噺をご紹介。
ぞろぞろというと、百足ムカデあたりが地面を這い回っている様子などを思い浮かべたりしますが、このネタの"ぞろぞろ"とはいったいなんのことなのか。
気になった方はこぞって、ぞろぞろっとご一読を。
◾️ あらすじ
参詣者の少ないお稲荷さんの近くにある茶店。
老夫婦が営んでいるが、人が来ないからもちろん儲かっているはずもない。
軒先につるしてある売れ残りの一足のワラジが、寂しく風に揺れているというありさまだ。
「こんなにさびれたら、ここもおしまいだ」
その日もどんよりと曇って、いまにも泣き出しそうな空を見上げながら、店のじいさんがため息をつくところから噺は始まる。
晴れていても参詣者がいないのに、雨が降り出したらどうしようもない。
ここのお稲荷さんにはご利益がないんじゃないかと愚痴るじいさんに、ばあさんが賽銭を渡して、バチ当たりなことをいわずに信心してきなさいとたしなめる。
根は正直者のじいさん。言われたとおりお稲荷さんへお参りし、年寄り夫婦が安楽に暮らせますようにと一所懸命手を合わせて帰ってきた。
そこへ降りそそぐ雨。
泣きっ面に蜂のような仕打ちだが、そこへ一人の男が茶店に駆け込んできた。
道がぬかるむので、ワラジを一足売ってくれという。
店にあるのは天井から軒先へぶら下げたままの一足。
「ありがとうございます。お代は二百文でございます」
売れ残っていたワラジがはけて、さっそくご利益があったと喜んでいるところへ、また一人、客がやって来た。
またしてもワラジをくれという。
品切れだと断ろうとすると、なんともう一足、天井からぶら下がっているではないか。
不思議に思いながらも取って売ると、そこへまたワラジを買いに来る別の客が。
「品切れでございます」
「そこにぶら下がってるじゃねぇか」
客が二百文を払い、ワラジをぐっいと引っ張ってはずすと、新しいワラジが天井からぞろぞろっと出てきた。
じいさんばあさんはもうびっくり。
お稲荷様のご利益だと手を取り合って、泣き出さんばかりの喜びようだ。
その後もたくさんの人が雨宿りをしに茶店へやってきて、ただ雨宿りするのでは悪いからと、ついでにお茶や団子まで注文してくれる。
さらには、雨はあがったが、それでも道が滑るからとワラジも買って帰ってくれるので、店は大入り状態となった。
しかも、これを聞いた人たちのあいだで「あそこのお稲荷さんにはたいへんなご利益がある」と評判になり、お稲荷さんにも茶店にもたくさんの人が来るようになった。
そして、この様子を見ていたのが向かいの床屋である。
以前の茶店と同じように、ここも一日に客が一人来るか来ないかという暇な店なので、お向かいの急な流行りようを不審に思い、のこのことやってきた。
じいさんばあさんが大真面目にご利益だと説くので、あまり心がけのいい男ではないが、俺もたまには信心して、ご利益にあやかろうかとお稲荷さんへ参拝することにする。
手を合わせて「茶店のワラジのように繁盛しますように」と何度も繰り返した。
お参りを済ませて店に帰ってくると、驚いたことに店の前が客であふれかえっている。
「おやじ! どこへ行ってたんだよっ! 早くやってくれ!」
「へい! さすがは評判どおりのお稲荷さんだ。もうご利益があらわれた!」
喜んだ床屋が剃刀を持って客の髭を剃ると、あとからあとから新しい髭がぞろぞろっと。
◾️ 落語のことば補説
▼ 茶店(ちゃみせ)
ひと口に茶店、茶屋といってもさまざまなものがあり、形態別でいうなら「居付き茶屋」(常設店舗)に「掛け茶屋」(仮設店舗)、種目別では「料理茶屋」「引手茶屋」「芝居茶屋」「色茶屋」「出合茶屋」「待合茶屋」「水茶屋」などがある。
この噺のような寺社の境内や門前、あるいは盛り場、街道筋の路傍にある茶店(茶見世)は、形態別では掛け茶屋、種目別では水茶屋に属する。この場合、葦簾張り(よしずばり)、莚張り(むしろばり)が一般的だが、簡素な木造の建屋もあり、茶菓子や軽食だけではなく、酒肴を供する店も少なくなかった。
茶店にまつわるものとしては緋毛氈(ひもうせん)のかかった床几(しょうぎ)、軒行燈(のきあんどん)、暖簾(のれん)などがあり、また手拭い看板に「御休憩」「一服一銭」「だんご」「おでん」「かん酒」「あま酒」などと掲げてあるのが茶店のお定まりである。
▼ 稲荷
稲荷の祭神は農耕の豊穣と食料の多産を保証する神格で、商売繁盛も祈願され、農業神、商業神として庶民の信仰がもっとも高い。全国の分祠社は神社最多の約三万五千を数えるといわれている。
京都の伏見稲荷が総本社で、これに佐賀の祐徳稲荷、茨城の笠間稲荷を加えて三大稲荷とされる。関(東)八州の総鎮守とされる東京の王子稲荷も名高く、これら各地の祭神の名代として参詣するのが「使わしめの狐」で、狐火のすがたで稲作の吉凶を占った。
王子稲荷は下町からの散策においてはちょうどよい距離だったので、参詣を兼ねた行楽客が多かったそうだ。音無川の岸には料理茶屋が並んで、春は飛鳥山の花見、夏は王子七滝の涼み、秋は滝野川の紅葉狩りなどでにぎわい、とくに午の日(初午)には火伏せ凧などの縁起物を求める人びとであふれたという。
▼ 床屋
髪結いには、河岸、橋詰、道端、寺社門前にある「出床」や、野木戸際・横丁にある「内床」のいわゆる床店を構えた"床髪結い"すなわち床屋と、それ以外の「廻り髪結い」との別がある。出床は葦簀張りなどの小掛けだが、内床は本建築で二階建ても多く、階上が町内の会所にもなっていて、銭湯とともに町内のクラブとして親しまれた様子が式亭三馬の滑稽本『浮世床』にも活写されている。落語では『浮世床』『無精床』『崇徳院』などの舞台にもなっている。
髪結い代は、江戸初頭には永楽通宝で一銭だったが、明和年間(一七六四〜七二)から二十四文、やがて二十八文となって長く続き、文化年間(一八〇四〜一八)では銭湯の四倍の三十二文だった。
◾️ 鑑賞どころ私見
落語の演目の題名にはある種の"そっけなさ"というか、簡略の美学とでもいうものがあって、この美学はたとえば、噺のほうではサゲをスッと終わらせるところにも通底する心意気といおうか、とにかくその、ある種の"愛想のなさ"がかえって語りの雰囲気をすがすがしく感じさせるといった具合がある。
多く見かける簡潔にして、すっきりとした二文字の題名などもその証左だろうし、その短さに洗練された趣味を感じたりもするが、他方で字ヅラだけ見てもさっぱり内容のわからない題名というのも多くあって、語呂、語感、音、リズムなどで採用されているのだろうけれども、これは現代語でいうところの、「キャッチ」というものの走りであろうと見受けられる。
『ぞろぞろ』『だくだく』のほかにも、『つるつる』『きゃいのう』『ちりとてちん』『てれすこ』『よかちょろ』などがそれで、それにしても、なんとも遊びごころのある名付けに、思わずどんな内容だろうと興味津々にならないだろうか。
ちなみに、「ぞろぞろ」のアクセントは現代語のように語頭にはなく、平坦に発音する。
噺家は皆そう口にする。
さて。
この噺の内容に触れておくと、落語には神仏への信心、信心による果報、信心の大切さを解くことにウエイトをおいた民話風の教訓噺がけっこうある。
むかしはむしろこちらのほうが主流ではなかったのかと思われるほどに、その手のネタが数多く存在する。
この噺はそんななかでも、題名はもとより、サゲにもインパクトがあって、前半の老夫婦の茶店のくだりだけで終わらせるのではなく、床屋の登場で一気にバカバカしく落ちつくところがなんとも斬新で、心にくい演出といえるだろう。
翻ると、現代ではむしろ、そういうところがかえって落語的であるといえるのかもしれない。
そのような意味で、この噺は八代目林家正蔵(彦六)の十八番だったそうで、老いたるつぶやきめいた話芸に"皮肉の笑い"が光る好演で、なるほどそういった持ち味にこそ、この噺のエッセンスが濃縮されて宿るようにも思う。
当噺はもともとは九州の座頭咄に出自があり、それを換骨奪胎した上方落語をもって、次いで江戸に移植されたそうだ。大阪では赤手拭神社が舞台となっている。
ところで、〆に個人的な話をして申し訳ないが、自分は電動シェーバーの切れ味を求めて、よく買い替える性質なようで、CMなどでどこぞのメーカーが新作を出したなとわかると、ぞわぞわっとなり、このぞろぞろっとを毎回思い出すのであった。
◾️ YouTube 視聴
[2026年5月現在、視聴可能な動画となります]
▼ 映像あり
・林家正藏(彦六)[八代目]:https://www.youtube.com/watch?v=n3RH5d4Lsr4
▼ 音声のみ
・古今亭志ん朝[三代目]:https://www.youtube.com/watch?v=qaqpqx33ps0
・立川談志[七代目]:https://www.youtube.com/watch?v=CrhZTqgsz44
・三遊亭圓窓[六代目]:https://www.youtube.com/watch?v=VyWXN1dLfQ8
◾️ 参照文献
・矢野誠一『落語手帖』(講談社+α文庫、1994年)
・京須偕充『落語名作200席(上・下)』(角川文庫、2014年)
・榎本滋民 著、京須偕充 編『落語ことば・事柄辞典』(角川文庫、2017年)
・立川志の輔 選/監修、PHP研究所 編『滑稽・人情・艶笑・怪談… 古典落語100席』(PHP文庫、1997年)