粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【落語】だくだく

今回は個人的な趣向を前面に押し出して、個人的に傑出誉高いとおもっている当演目をご紹介。

初見の方には「だくだく」ってなによ? と皆目見当もつかないかと思われますが、まあ、そこはそれ、あらすじからご賞味ください。

これほど馬鹿馬鹿しくも「遊びごころ」にあふれた噺も他にないといえるほど、遊びに遊び倒したネタとなっております。

 

◾️ あらすじ

貧乏人の八五郎が長屋の家賃未払の末におん出され、身一つで安い新居に引っ越すところから噺ははじまる。

まず、引越したはいいが家財道具がなにひとつない。

そこで、ひらめく八五郎。

知り合いの絵描きの先生に頼んで、壁に貼った紙に家具の絵を描いてもらうことにした。

まずは床間の絵。

すんません、先生、その脇に、ついでに金庫の扉が半分ひらいて札束が顔をのぞかせているところを描いてくださいよ。

次は箪笥。

こっちは、少しだけ引き出しが開いていて、どうせなら高そうな着物や帯がチラッと見えているところを。

ものはついでに、ついでを重ねて箪笥の上には置き時計と、その横で猫があくびをしている、なんてところをお願いします。

ふむ、それでもなんだか素寒貧な気がするな。

じゃあ、こっちには火鉢のなかで火が燃えていて、鉄瓶の湯が湧いて湯気をあげているところを頼んますよ。

うん、いい。これでよし。

いろいろと描いてもらったおかげで、しっかり家財道具がそろった家に見えるようになった。

 

そして、その夜。

八五郎の家に泥棒が入った。

暗くてよく見えないが、火鉢の火はつきっぱなし、金庫は開けっぱなしで大金がのぞいている。

「不用心な家だねぇ、よし」

と箪笥に手をかけたが開かない。

「は? なんだ、こりゃ。全部、絵じゃねぇか! よく見りゃ、あの猫、ずっとあくびしてるよ!」

あきれはてる泥棒。

「この野郎、なにもねえもんだから絵を描いて、"あるつもり"でいやがるんだな。なんだか、だんだん腹が立ってきた。よし。こちとら長年、泥棒でめし喰ってるんだ。この野郎が"あるつもり"なら、こっちもそれを”盗ったつもり"でやってやろうじゃないか……」

と、いちいち声を出しながら、「箪笥なかの着物を風呂敷に入れたつもり……風呂敷をぎゅっといわいたつもり……どっこいしょとかついだけれど持ちあがらないつもり……」と、ぶつぶつやりはじめた。

泥棒が"つもり"念仏を唱え始めると、目を覚ました八五郎。

〈お、泥棒か! ……うん? なにやってやがるんだ? ……つもり? ……なるほど、盗んだつもりになってるんだな。ははっ、おもしれえ奴だな。だったら俺も、つもりでやってやろう〉

「ハッと目をさますと布団をはねのけたつもり! たすき十字に綾なしたつもり! なげしにかかった槍を取って構えたつもり! さやをはらうと、泥棒の脇腹めがけてズブリと突いたつもり!」

「いててて、と突かれたつもり」

「グリグリっと、えぐったつもり」

「だくだくっと、血が出たつもり」

 

◾️ 落語のことば補説

▼ 書き割り

芝居の大道具で背景に使う絵のことを「書割」という。背景に限らず、一枚の広い布に風景や建物の絵を描いた幕(道具幕)のことも書き割り幕と呼び、また屋外の風景や建物の外観だけでなく、屋内の造作、建具、調度など、実物を装置せずに、絵だけで済ませる部分も書き割りという。この噺で泥棒が引っかかったのは、この手法である。あるいはまた、語義はさらに拡大し、書き割り画法によらない制作物まで含めて、舞台装置を総称して「書き割り」ということもある。ちなみに『だくだく』の上方での演題は「書割盗人」である。

 

◾️ 鑑賞どころ私見

この噺ほど「遊びごころ」にあふれた噺もないのではないかといえるほど、傑出したネタだと個人的に推したい演目である。

家財道具がないからと壁に絵を描く貧乏人の遊びごころ、粋な泥棒が盗んだつもりを大真面目に演じる遊びごころ、それに御相伴とばかりに打てば響くような家主の遊びごころ、徹頭徹尾遊び尽くす、かくも江戸の御代の日本人の精神性の自由闊達なことか。

しかも寄席の場においても、この「つもり」の応酬は続くこともあるようで、「はなし終えて楽屋へ戻ろうとしたら「面白かったつもり」と客にいわれました。すぐに、「いやな客のつもり、横っつらを張り倒したつもり」とやったらうけました」とは柳亭痴樂談(矢野誠一『落語手帖』より引用)。

毎度ばかばかしくも、落語において交差するこういった精神に触れると、古き日本人のこのたくましき「遊びごころ」に誇らしさすらつのるものである。

 

この噺は一七七三年(安永二年)、『芳野山』の「盗人」が原話といわれ、三遊亭圓遊が得意にしていたそうだ。

明治期の圓遊の速記などでは、絵師を頼むくだりはなく、ごく短い導入だったようだが、だんだんとさまざまな着想を追加して笑いを濃くしていったものといわれる。

たとえば猫のあくびや鉄瓶の湯気や時計の音など、絵描きの先生に八五郎が勝手な注文をつけていくくだりがそうで、調子にのって芋づる式に連想していくあたりもおもしろく、さらにその後、泥棒が近眼で、これらを盗みにかかったものの手ごたえがなく、慌てふためくさまも笑いを誘う。

しかもきわめつけ、「だくだく」という演題の語呂もよいではないか。

あらかじめ手前味噌な話で〆まらないことを恐縮しておくと、だいぶ以前にこの噺を聴いて以来、牛丼屋で「つゆだく」を注文するたびに、語呂で毎回この「だくだく」という噺が頭をよぎるようになってしまった。

そして、牛丼屋のカウンターでどんぶりをかき込みながら、さながら「牛丼は飲み物」とばかりに「だくだくっと、呑んでるつもり」と数十年来同じセリフをリフレインするという、個人的に因縁を生じさせる噺に化けてしまった次第である。

で、せわしなく昼食をとりながら、どんぶり片手にこの噺を思い出すたびに、仕事も、会社も、職場の人間関係も、この世のありとあらゆる人とそのおこないも、この世のあらゆる出来事のすべてがすべて、所詮「つもり」でできあがっているのではないか、とぼんやり考えたりするのである。

 

◾️ YouTube 視聴

[2026年5月、視聴可能な動画になります]

▼ 音声のみ

・柳家喜多八:https://www.youtube.com/watch?v=G3T4D0274Y0

 ※ 今回は個人的推しの一本にとどめさせていただきます。聴けば、この"気だるい"名演の虜になることうけ合いです。

 

◾️ 参照文献

・矢野誠一『落語手帖』(講談社+α文庫、1994年)

・京須偕充『落語名作200席(上・下)』(角川文庫、2014年)

・榎本滋民 著、京須偕充 編『落語ことば・事柄辞典』(角川文庫、2017年)

・立川志の輔 選/監修、PHP研究所 編『滑稽・人情・艶笑・怪談古典落語100席』(PHP文庫、1997年)