粗忽長屋で蒟蒻問答

無駄な方便、無用の用、脳味噌を棚卸する、そんな雑草咄しと落語と書見

【落語】死ぬなら今

どうやら最近、どういうわけだか「地獄」がブームだとか。

地獄をテーマにした企画展や各地の寺社仏閣・資料館などの「地獄詣で」などが活況だそうで、死後の世界への関心の高まりといおうか、死後の手続きを先取りせんばかりのお参りに熱心な流行だそうである。

というわけで、本日はこれにちなんだ、ちょっと変わった仕様の演題をご紹介。

ネタバレならぬ、表題を噺のあたまに宣言する、つまりは「死ぬなら今」というサゲを明かしてから語り始めるというスタイルの、まあ、ある意味、お客を喰ったところのある作品なのですが、それが良い意味で"小癪"な味わいを出している演目です。

さらにネタバレすると、この噺、そのまま「地獄の沙汰も金次第」という内容で、そこが逆に落語のしたたかさというか、落語の生命力を感じさせる一品となっております。

 

◾️ あらすじ

この噺のサゲは「死ぬなら今」である。

ケチの上にドがつくケチぶりで一代で身上をつくった、しわいや吝兵衛(けちべえ)という男がいた。

ずいぶんと他人からの恨みも買い、その吝兵衛が明日をも知れぬ重い病にかかるところから噺は始まる。

いまわの際に息子を呼んで、じぶんの死後、棺桶に入れる頭陀袋のなかへ三途の川の渡し賃・六文銭の代わりに三百両の小判を入れてくれと頼む。

息子がわけを尋ねると、これまであこぎなことをしとおして蓄財してきたから、死ぬと必ず地獄へ落ちるだろう、そのときに三百両あれば、金の力で極楽へいけるかもしれない、ということだった。

息子がふたつ返事で約束すると、安心したのか吝兵衛はあっさりと息をひきとる。

ところが、湯灌も済み、いよいよ納棺というときに、遺言どおり息子が小判で三百両を頭陀袋へ入れようとすると、ここで待ったがかかった。

こういうときに、決まってしゃしゃり出てくる、おせっかいな親戚というものがいる。

天下の通貨を土の中に埋めてしまうのはいかがなものか、こういうものは所詮、飾りである、ならば贋(にせ)の小判を見立ててもいいじゃないかという。

「でも、おとっつあんが……」と渋る息子を説きふせて、用意したのが芝居で使う小道具の小判三百枚。結局、これを袋に入れて埋葬することになった。

 

さて。

閻魔庁へ呼び出され、閻魔大王の前に引き立てられた仏になった吝兵衛。

現世での悪業を並び立てられ、生前の予想どおり地獄へ送られそうになったので、頭陀袋から小判を百両とり出して、スッと閻魔様の袖の下に入れる。

とたんに大王の態度がコロっと変わり、悪いことは悪いが一代で身上を築いたのは立派であると、突然、吝兵衛をほめそやしはじめる。

おさまらないのが大王のそばにひかえている冥界十王や馬頭、牛頭、青鬼、赤鬼といった地獄の番人、獄卒連中で、「そんな馬鹿な」と騒ぎ始めたのだが、しかしながら、そこは交渉にたけた吝兵衛のこと。

すばやく残りの二百両をばらまいて一件落着。吝兵衛は無事極楽へと行くことになる。

 

ときならぬ大金を手にしてご満悦の閻魔大王以下地獄の獄卒連中。

閻魔庁を開けっぱなしで遊びに出かけ、ほうぼうで小判をばらまいて呑めや歌えやしていたが、めぐりめぐったその小判が偽物であることが判明し、極楽の役人たちの捕物があっというまに雪崩れ込み、全員が牢屋にほうりこまれてしまった。

ということで、閻魔庁はだれもいなくなり開店休業状態。

だから、死ぬなら今。

 

◾️ 落語のことば補説

▼ 閻魔(えんま)

もともとインドのバラモン教では楽士の王者("キング・オブ・ミュージシャン"ということか)だったそうが、仏教の流布の段になると西方の地獄思想に影響を受けて、冥界で亡者を裁定する審判官となったそうだ。その後、中国を経て日本に伝来し、勧善懲悪を説く冥府の王者として、民衆を大いに畏怖させる存在となった。

中国服風の法衣に王冠をかぶり、笏をもち、牛頭・馬頭・青鬼・赤鬼ら十八将官と八万の獄卒を従え、死後四十九日目の亡者を閻魔の庁に引き出し、浄玻璃の鏡に亡者の娑婆における所業を映し出して、罪状ある場合は閻魔帳に記録して地獄へ落とす。

忘れがちであるが、この裁定のときに善行をなした亡者を極楽へ送るのも閻魔大王の役割である。ということで、厳酷苛烈の断罪官と思われ、恐ろしい形相をしているが、じつはこれで地蔵菩薩の化身でもあるというのが閻魔大王の正体で、仏教の奥行きの深さでもある。

ちなみに地獄は「奈落」と同義語で、亡者が生前の悪行により苦難の懲戒を受ける世界。六道輪廻の最下層にあって、根本地獄・近辺地獄・孤独地獄の三洲、八熱地獄・八寒地獄の十六種、合計百三十六所からなる。極楽は「浄土」と同義語で、亡者が生前の善業により阿弥陀如来の慈悲に浴して永遠の寿命を得る世界。無料の寂光にみち、甘美な芳香がただよい、絶妙の音楽が流れる至福の理想郷とされる。

 

◾️ 鑑賞どころ私見

この噺、「死ぬなら今」というのが題ならば、サゲ(落ち)もまた「死ぬなら今」。しかも、そのサゲを先にお客へ打ち明けて、よく覚えておいてくださいよという、落語のなかでもわりとめずらしいスタイルの演目である。

さらには、噺の展開が目まぐるしくトントン拍子で進み、いつしか最初にことわられたサゲをお客が失念しかけたところを狙うかのように締めくくるあたり、なんとも心憎い作品といえよう。

昨今、親が子どもに「嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれるよ」といって諭すようなことはなくなってしまっただろうが、そのように叱った信心に厚かった時代には、この噺はおそらく常識を蹴飛ばすようなぶっとんだ発想(ギャグ)に思えたのであろうことは想像に難くない。

もはや現代には通じないストーリーとなりつつも、それでも「死ぬなら今」ということばのインパクトは損なわれてはおらず、現在の噺家や作家にぜひとも新バージョンを創作していただきたいと思わせる作品でもある。

この噺の出自は上方落語で、桂三木助から林家正藏(彦六)によって東京に移植されたそうである。ちなみにサゲを最初にいう演出は上方落語にわりと多いそうで、他のめくりには『苫ヶ島』『蛸芝居』『後家馬子』などがある。

 

◾️ YouTube 視聴

[2026年5月現在、視聴可能な動画となります]

▼ 映像あり

・林家正藏(彦六)[八代目]:https://www.youtube.com/watch?v=upHxQeN4CdE

▼ 音声のみ

・瀧川鯉昇:https://www.youtube.com/watch?v=9rJkkDVLhDY

・三遊亭圓窓[六代目]:https://www.youtube.com/watch?v=UPAkH-nZVDE

 

◾️ 参照文献

・矢野誠一『落語手帖』(講談社+α文庫、1994年)

・京須偕充『落語名作200席(上・下)』(角川文庫、2014年)

・榎本滋民 著、京須偕充 編『落語ことば・事柄辞典』(角川文庫、2017年)

・立川志の輔 選/監修、PHP研究所 編『滑稽・人情・艶笑・怪談古典落語100席』(PHP文庫、1997年)